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チェルノブイリ・プリピャチの街

誰もいなくなった街

チェルノブイリ・プリピャチの街

チェルノブイリ。事故のあった原発から半径30km内は未だに立入禁止になっており、通称”ゾーン”と呼ばれている。チェルノブイリとは、そのゾーンの総称についてを指す事が多い。チェルノブイリにある廃墟と化したプリピャチの街に残る様々な廃墟。アパート、病院、小学校、幼稚園、…人々が生活しそこで過ごした痕跡が未だに生々しく残っている。

世界最大の廃墟・チェルノブイリ

1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所の爆発事故により、原発から半径30km以内は立入禁止区域とされた。

立入禁止区域は通称「ゾーン」と呼ばれている。現在チェルノブイリとは、事故のあった原発そしてゾーンの総称の事を指して言われる事が多い。

チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故のあった場所から半径30km内は未だに立入禁止になっており、通称”ゾーン”と呼ばれている。チェルノブイリとは、そのゾーンの総称についてを指す事が多い。そしてゾーン内には様々な施設や地区がある。

プリピャチ

プリピャチは、ソビエト連邦時代の1970年2月4日、チェルノブイリ原子力発電所の建設と合わせて創建された計画都市だ。原発からは4キロほどの距離のところにあり、当時は地図上には存在しない閉鎖都市で厳重な警備態勢が敷かれていたという。原発作業員とその家族たちが主に住む街で、当時ソビエト中の何処よりもインフラが発達していたらしい。

しかしその輝かしい生活も、チェルノブイリ原子力発電所事故で一変する。

事故直後は、何一つ知らされる事なく、放射能を浴びている事に気が付かぬまま人々は日々の暮らしを営んでいた。

事故発生から36時間経った正午、ラジオ放送と市内各地の拡声器で原発事故が発生したことがようやく伝えられた。

プリピャチの住民たちは身分証明書と貴重品、そして3日分の食料を持って集まるよう指示された。14時にはキエフから集められた1,200台のバスを中心に、鉄路や船に分乗してプリピャチから避難していった。2時間後、ほぼ全ての市民がプリピャチから消えた。

プリピャチの街には、かつて約5万人もの人々が住んでいた。この街で仕事も、教育も、娯楽も、衣食住全てが充実していた。

チェルノブイリのシンボルマークとも言えるもののひとつに、廃観覧車がある。

原発事故から5日後のメーデーに合わせ開園予定だった遊園地の観覧車だ。本来なら、ここで子供達の笑顔が、笑い声が飛び交うはずだった。一度も遊ばれる事なく、観覧車は錆付き街に取り残された侭になっている。

結婚式や誕生日会、職場の宴会などに使われたホールや映画館、図書館、体育館などが集まった文化複合施設を、文化宮殿とここでは呼んでいる。

エントランスには印象的な壁画が描かれているが、経年劣化によりぽろぽろと矧がれ落ちている。

詳しくは、チェルノブイリのガイドを聴こう

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