Pokkeインタビュー #002
モネ、ルノアール、ルドンの転換期の3作品を学芸員が解説!『西洋美術へのまなざし展』特別インタビューPart.1
2022年11月19日(土)~12月11日(日)まで、三重県立美術館では企画展「西洋美術へのまなざし―開館40周年を記念して」が開催されています。
本展では、三重県立美術館が収集してきた西洋美術作品の中から、国内では珍しいムリーリョの油彩画をはじめ、ゴヤやモネ、ルノワール、ピカソ、ダリ、ミロなど名だたる巨匠たちの作品約100点が公開されます。
Pokkeインタビューでは、三重県立美術館の学芸員である坂本龍太氏に企画展の目玉作品をはじめ、おすすめの所蔵作品の背景や特徴について解説をいただきました。
『西洋美術へのまなざし展』特別インタビュー
- Part1 モネ、ルノワール、ルドンの転換期の3作品を学芸員が解説!
- Part2 時代や人生が反映されていく絵画
ゲストプロフィール
6,000を超えるコレクションから
西洋美術の名品約100点を展示
── 今回の「西洋美術へのまなざし―開館40周年を記念して」の企画展について教えてください。
この企画展は、三重県立美術館の6,000を超えるコレクションの中から西洋美術の名品約100点を展示する内容となっています。
また、過去に三重県立美術館が企画した西洋美術に関連する企画展の情報をご紹介しています。
当時の開催時のチラシやポスターなどの広報宣材、あるいは報道記事や会場写真を展示し、三重県立美術館と西洋美術のかかわりにも焦点を当てています。
【画像】クロード・モネ《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》1874年、三重県立美術館所蔵 公益財団法人岡田文化財団寄贈
加えて、2022年は三重県とスペイン・バレンシア州の姉妹都提携30周年の年にもあたります。この姉妹提携を契機に、当館の収集方針に「スペイン美術」が加えられ、スペイン人作家の作品が集められてきました。
今回の企画展の一室では、スペイン現代作家の作品もご紹介しています。
モネ自身もゾッとした!?
クロード・モネの描いた希少な暗い作品《ラ・ロシュブロンの村(夕暮れの印象)》
意図しない状況が希少な作品をモネに描かせた!?
── 今回の展示されている中から、いくつか作品をご紹介いただけないでしょうか?
まず、クロード・モネ(1840年-1926年)による作品をご紹介します。
こちらの絵画は《ラ・ロシュ=ブロンの村(夕暮れの印象)》という作品です。
1889年に描かれました。
クロード・モネ《ラ・ロシュ=ブロンの村(夕暮れの印象)》1889年、三重県立美術館所蔵 公益財団法人岡田文化財団寄贈
当時、モネは友人に誘われてクルーズ渓谷というパリから南に300 kmくらいにある村に滞在していました。そこで手がけた作品のうちの一つです。
モネ自身はクルーズ渓谷に長く滞在する予定はなかったようです。
ところが悪天候のせいで、この地で足止めにあいまして、少し長めの滞在になってしまいました。
そうした悪天候時に描いたものなので、少し暗めの印象になっています。
また、この滞在中にこの作品以外にもいくつか描いています。
その多くが暗めの印象のもので、モネの画業として貴重な作品群となっています。
実際に、モネ自身も自分の絵を見てゾッとしたというコメントを残しています。
色を混ぜず、並べて置くことで、ビビッドに感じられる
印象派に特徴的な筆触分割という技法
── 技法としては何か特徴的なものがあるのでしょうか?
モネを含む印象派の絵画作品で特徴的なのが、いわゆる筆触分割と呼ばれる技法です。
これは色彩をパレットの上で混ぜるのではなく、画面に色彩を並べて置くというものです。こうすることで、見る人の眼の網膜上で色を混ぜ合わせるような効果があり、色がビビッドに感じられるのです。
本作でも非常にニュアンスに富んだ色彩が緩やかな筆致で並べられています。
印象派は黒で描かなかった?
黒色を使わず、影を表現する
印象派は黒で描かなかったと言われています。
この作品の夕焼けに入る山際を見ると、少し逆光になっています。影になっている部分を見ると、緑や赤など、従来の影の表現では使われなかった色彩で描かれているのが分かります。
空間構成や遠近法ではなく、
色で画面を作っていく
また、印象派の作品で特徴的なのは、いわゆる合理的な空間構成や遠近法を用いて画面全体を正確に作っていくものではなく、色で画面を作っていく絵画技法です。
これは後の20世紀美術、いわゆるモダニズム(近代美術)につながっていく重要な特徴でもあります。
この作品が画期的な連作のアイデアを
モネに気づかせたのかもしれない
── モネにとって、この作品はどのような意味をもつのでしょうか?
モネは40代から晩年にかけて、「連作」を描くようになります。
連作というのは、同じテーマやモチーフに基づいて一連の作品を作ることです。
代表的な連作として、《積わら》や《ルーアン大聖堂》などが知られています。また、晩年には《睡蓮》という連作もあります。
この「連作」への意識が生まれたのが、この作品を描いていた頃ではないかと言われています。
実は、この作品が描かれた1889年頃、モネは全く同じ対象を時間や天気などのシチュエーションを変えて描いていました。それによって、時間や天気などの光の印象の違いを風景画で描き出そうとしました。
モネが後半生に描いた連作に向けての転換点ともいえる時期の作品といえます。
ルノワールらしい表現への片鱗が垣間見える
ピエール=オーギュスト・ルノワールの《青い服を着た若い女》
ゆるやかな筆致というよりも
しっかりとした筆致で描かれている初期の肖像作品
── こちらは、肖像画ですね。
時代は少し戻るのですが、フランスのピエール=オーギュスト・ルノワール(1841年-1919年)の作品をご紹介します。こちらはルノワールが1876年頃に手がけた作品で、《青い服を着た若い女》という肖像画になります。
ルノワールはモネと同じ印象派の画家として知られています。
ピエール・オーギュスト・ルノワール《青い服を着た若い女》1876年頃、三重県立美術館所蔵 公益財団法人岡田文化財団寄贈
── ルノワールと言えば、1880年に描かれた「可愛いイレーヌ」が有名ですね。白い肌で栗色の長い髪が背中と肩を覆う少女の肖像、明るい印象を受けます。こちらは正面を向いた少女、やや暗めの印象を受けます。この作品には、どのような魅力や背景があるのか教えてください。
ルノワールは女性像や風景をたくさん描いています。
女性像については、豊満な女性をゆるやかな筆致で柔らかく描いている作品が多いと思います。
ただ、この作品はルノワールの作品の中でも初期の頃のもので、ゆるやかな筆致というよりはしっかりとした筆致で描かれ、構図自体も真正面を向いた、やや硬い構図になっております。
ちなみに、この絵のモデルが誰なのかまだ分かっておりません。
当時、前衛的だった印象派の風景画はあまり評価されていなかった
この作品が描かれた2年前、パリで第1回印象派展が開催されました。
この頃から、先ほどモネの絵画で紹介した筆触分割による光の効果を追求した風景画が描かれていきました。
ルノワールもそういった新しい表現に挑戦していた時期になります。
しかし、その頃のルノワールは、この作品のような女性の肖像画も手掛けております。
それは当時、印象派の風景画が前衛的な表現だったため、なかなか評価されていなかったことも要因としてあるようです。そのため収入もままならず、ルノワールは稼ぐために肖像画を何点か手掛けていたようです。
ゆるやかで幸福感に満ちた
ルノワールらしい表現への片鱗が垣間見える作品
── 絵画の知識がない方がこの絵を見たときに、ここをみたらルノワールらしさがわかる、よく表れているというポイントはありますか?
絵の端や背景はやや荒い筆致で描かれているのですが、顔をご覧いただくと非常に丹念に描き込まれております。
この丁寧な描き方を見ると、ルノワールの肖像画家としての腕がよく分かると思います。
すこし分かりづらいのですが、顔の色が白めになっているものの、薄っすらと赤やピンクがのっていて血の通った人間という表現がなされています。
また、髪などを見ると、とても闊達で緩やかな表現で描かれています。
このあたりの表現をみると、後のルノワール作品に見られる、より緩やかで幸福感に満ちているような表現につながっていく様子が分かるかと思います。
テーマもタイトルも謎多き作品
オディロン・ルドンの《アレゴリー-太陽によって赤く染められたのではない赤い木》
目に映る自然の色彩でなく、
主観のままに描かれた強烈な色彩
── こちらは、ルドンの作品でしょうか?
そうです。
オディロン・ルドン(1840年-1916年)といえば、黒と白によってある種の怪物的なものが描かれた作品が日本では紹介されることが多いかもしれません。
一方、こちらの作品は、強烈な色彩で描いた油彩画になります。
ルドンは、モネと同じ1840年に生まれた作家です。
同じ時代を生きた作家ですが、絵画表現は非常に異なっています。
オディロン・ルドン《アレゴリー-太陽によって赤く染められたのではない赤い木》1905年、三重県立美術館所蔵
この作品は、《アレゴリー-太陽によって赤く染められたのではない赤い木》という、なかなか謎めいたタイトルがつけられています。実際に右に描かれた赤い木が非常に目を引きます。
目で見た自然の色彩を再現するのではなく、自分の主観によった強烈な色彩を使っていく描き方がされています。
ルドンは、こうした非常に強烈な色彩を用いた絵画を1890年頃から描き始めます。
それ以前は木炭デッサンや石版画による、いわゆるモノクロームの表現というものを主軸にしていました。
ルドンの色彩豊かな作品には、
戦争体験のショックから立ち直っていく社会背景が反映されている?
── ルドンの作風が変わったことには、何か理由があるのでしょうか。
1870年にフランスとプロイセンの普仏戦争が起こっています。その後、戦争が終わり、この作品が描かれた1890年ころになると、フランスの人々も戦争のショックから立ち直ってきます。
そうした社会状況の変化が、ルドンにこうした色彩豊かで明るい楽観的な作品を描かせたのかもしれません。
また、もう一つの理由としてこの1890年代に貴族が顧客になり、生活にゆとりができたこともあるでしょう。
こうしたルドンの内面や取り巻く環境の変化によって、新しい色彩表現に進んでいったのでしょう。
キリスト教?ギリシア神話?ヒンドゥー教? ルドンは一体何を描いたのか?
── この作品は何を描いているのでしょうか?
実は作品のテーマ自体がいまだ明確に解明されていない作品になっています。
西洋絵画の解釈には、キリスト教が関係することが多々あります。
左側の女性は青いベールのようなものを被っており、右側の男性は半裸体で腰布だけをまとっています。この男女の組み合わせに注目すると、どうしてもマリアとイエス・キリストを連想します。
ただ、そうすると、男性の足元にある赤い物体が何かよく分からないのです。
一説には、この物体は貝殻ではないかという説があります。
つまり、ギリシア神話のヴィーナスの誕生をほのめかしていると解釈する研究者がおります。
しかし、そうだとすると、逆にこの男女が誰なのかがよく分からない。
また、ここ10年くらいですが、当時ルドンが興味を持っていたヒンドゥー教との関連を指摘した解釈も出ています。
もしかすると、ルドンはこういった神話や宗教を思わせるような表現をして、神秘的な雰囲気そのものをこの絵で表わしたかったのかもしれません。
赤い木は何を表現しているのか?
分からないからこそ想像する面白さ
── タイトルも謎めいていますね。
そうですね。
この《アレゴリー-太陽によって赤く染められたのではない赤い木》という長いタイトルは、ルドンの死後にルドン以外の誰かによってつけられたことが分かっています。
太陽によって染められたのではない赤い木は、イエスの赤い血と十字架と見ることもできます。もしかすると、タイトルをつけた方はそういう解釈だったのかもしれません。
何が描かれているのか、なぜそのタイトルなのかが分からないからこそ、想像したり、話し合ったりすることがこの絵画の楽しみ方の一つです。
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