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Pokkeインタビュー #002

時代や人生が反映されていく絵画〜『西洋美術へのまなざし展』特別インタビューPart.2

2022年11月19日(土)~12月11日(日)まで、三重県立美術館では企画展「西洋美術へのまなざし―開館40周年を記念して」が開催されています。

本展では、三重県立美術館が収集してきた西洋美術作品の中から、国内では珍しいムリーリョの油彩画をはじめ、ゴヤやモネ、ルノワール、ピカソ、ダリ、ミロなど名だたる巨匠たちの作品約100点が公開されます。

Pokkeインタビューでは、三重県立美術館の学芸員である坂本龍太氏に企画展の目玉作品をはじめ、おすすめの所蔵作品の背景や特徴について解説をいただきました。

『西洋美術へのまなざし展』特別インタビュー

ゲストプロフィール

三重県立美術館 学芸員

坂本 龍太
     

専門は西洋美術・スペイン美術

三重県立美術館について

疫病が流行した時代の人々の救いにもなった?
バルトロメ・エステバン・ムリーリョの《アレクサンドリアの聖カタリナ》

国内に2点しかないムリーリョの作品

── 今回、三重県とスペイン・バレンシア州の姉妹都提携30周年ということで、スペインの現代作家の作品も展示されていますね。その中から2点ほどご紹介いただけますか。

こちらの絵画は、スペインのアンダルシアの州都セビリアの画家、バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617年-1682年)による《アレクサンドリアの聖カタリナ》という作品です。1645年から1650年頃に描かれた作品になります。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《アレクサンドリアの聖カタリナ》1645-50年頃、三重県立美術館所蔵

最近は海外の美術館展などでムリーリョの作品を見かけることがありますが、ほとんどは後期の作品になります。一方、この作品はムリーリョが画家として初期に描いた作品です。

先ほど(Part1のリンクを張る)の印象派に通じるような非常に緩やかで闊達な筆致をみせています。ムリーリョはこのような甘美な聖女像を描くのを得意としていました。

ここまで大きくて質の高いムリーリョの作品は、国内では他に観ることができません。そもそも、ムニーリョの作品を展示しているのは当館と東京の西洋美術館のみですから。

拷問と斬首の表現、
殉教の死への勝利のシンボル

── 描かれているのはキリスト教の聖女でしょうか?

キリスト教を厚く信仰していたがゆえに処刑や拷問にあった殉教聖女です。

彼女自身は3~4世紀のローマ時代の人物で、王族の出でした。絵をご覧いただくと、王冠をしているのもわかります。

彼女のキリスト教への厚い信仰心は、当時のローマ皇帝から不興を買ってしまい、車裂きの刑という拷問を受けることになります。車裂きの刑というのは、刃物がついた車に体をくくりつけられる拷問です。

少し見づらいのですが、その拷問道具の車輪がここに描かれています。

拷問にかけられてしまったものの、カタリナには神の恩寵があったため、拷問器具が奇跡的に破壊され、生き延びたと伝えられています。

しかし、最後には斬首されて亡くなってしまいます。
その剣もこちらに描かれています。

また、右上にはシュロの葉をもった天使がいます
シュロは殉教者の死に対しての勝利のシンボルです。

また、この鮮やかな衣装ですが、我々の時代から見ると古い印象には違いないのですが、実はムリーリョと同時代の衣装になります。



── 昔の人でも当時の服をあえて着ているっていうのは、絵の流行と言うか、この作者の特徴になるのでしょうか?

この時代のスペイン美術では、多く見られます。
もしかしたら、スペイン美術以外でもあるかもしれません。

理由の一つとして、当時スペインで建築物の中庭で行われていた聖史劇(聖人や聖女の物語を扱った舞台演劇)の影響が挙げられます。

その当時の役者の衣装が、聖人や聖女の時代に合わせたものではなく、その当時の衣装を使っていたようです。

そういう理由もあり、このカタリナが彼女自身の時代ではなく、描かれた時代の衣装を着ていたとしても、当時の人には違和感なく受け入れられたと考えられています。

疫病拡大の時代に描かれた宗教画
当時の人々の関係

── この絵が描かれたのはどんな時代だったのでしょうか?

この絵が描かれた1645年から50年頃はセビーリャが飢饉や農作物の不作、洪水、そしてペストの流行といった災害が多発した時代でした。

特に1649年のペストの流行は非常に厳しいもので、セビリアの町の約半数の人が亡くなったと言われております。そしてムリーリョもこの時に子供を亡くしたそうです。

疫病や災害のときには、大衆は何か心の支えとなるものを求めます。

そして、大衆が救いを求めるのはイエス・キリストですが、そのイエス・キリストと一般の人々とのあいだに立って、執り成しを行うのが聖人聖女になります。

そうした聖人聖女像の絵が大変人気を博したそうです。

この作品は、そんな当時の人の想いが反映されているように思えます。非常に柔らかく、丹念に描き込まれている表現の裏には、大衆の苦しい心情が反映されていると想像できるかもしれません。

時代の要請に合わせて変化する
ビジュアルメディアとしての絵画

── 右腕の袖が血に染まっているように見えるのですが?

象徴的な意味で血と解釈できるかは微妙なところです。

この時代の絵画一つ特徴的なのが、処刑シーンでもあまり血が描かれないことです。

当時は、カトリック教会に反旗を翻したプロテスタントの諸宗派が広がり、教会内部の改革が進んだ時代でした。そのため、教会はキリスト教に関する表現を非常に厳しく取り締まるようになります。

その取り締まりは絵画にもおよびました。不適切な、あるいは間違った描き方がされないように統制されました。特にあまりにも惨たらしく描いたり、裸体を描くことは避けられました。

── 何をどう描くかは自由ではなかったのですね。

この時代、絵画や彫刻はビジュアルのメディアという側面をもちます。

特に絵画は文字の読めない人の聖書に代わるものであるという考えがありました。そういった点でも表現にはシビアな監視がされていた時代です。

ただ、この絵が描かれた1650年代は、監視も少しずつ緩くなりはじめていました。

一つの転換期です。

絵を買う顧客が、修道院や教会の聖職者から一般の貴族や裕福な商人に変わるのもこの時代です。

一般の貴族や商人は、描いてもらった宗教画を自宅の礼拝堂や、教会の中の自分が出資した礼拝堂などに飾っていました。

人物の内面性、複雑な人生までをもリアリスティックに描きだす
フランシスコ・デ・ゴヤの《アルベルト・フォラステールの肖像》

スペインの宮廷画家として活躍した
ゴヤによる肖像画

── こちらは、ゴヤの作品ですね。

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746年-1828年)による《アルベルト・フォラステールの肖像》という肖像画です。

ゴヤは18世紀末から19世紀の初頭、スペインの宮廷画家として活躍した画家です。最終的に主席宮廷画家まで上り詰めました。

フランシスコ・デ・ゴヤ《アルベルト・フォラステールの肖像》1804年頃、三重県立美術館所蔵 公益財団法人岡田文化財団寄贈

肖像はアルベルト・フラステールという軍人で、国王軍の近衛兵、あるいは軍の馬を管理する厩舎係を任じられるなど、要職に就いていました。

モデルの理想ではなく、
内面や人生、あるがままを描き出す

── この表情は少しやつれているような印象を持ちました。肖像画は、健康的で魅力的に描くことが多いと聞いたことがありますが、ゴヤの場合は違うのでしょうか?

一般的に、肖像画というものはそのモデルが気に入るように見栄えよく理想化して描かれることが多いです。

しかし、ゴヤの肖像画作品は理想の姿ではなく、モデルの内面や人生を含めてあるがままを表現するのが特徴としていえます。よくリアリスティックな表現と言われます。

ゴヤの作家としての新規性の一つが、そこにあります。

実際この作品を見ると、眉の根もとをつりあげ、睨みつけるような少しいかつい顔をしていますね。顔のしわも刻まれており、赤みがかった皮膚など、やや疲れているようにも見えます。

肖像画の人物は、王家の馬小屋の番を始めたばかりの頃は仕事ぶりが認められず、解雇されたり、後輩に出世の先を越されたりしたそうです。

また、その出世したその後輩にあやかって、ある程度の役職についてしまうなど、紆余曲折ある人生を歩んだ人なのです。

この表情の奥に、モデルの人生が垣間見えるような気がします。モデルとなったアルベルト・フラステールにとって満足のいく内容であったのでしょう。

スペインの宮廷画家として活躍した
ゴヤによる肖像画

── 瞳が右と左でずいぶん向いている方向が違っているようにみえます。

これは肖像画にはよくある表現で、あえてずらしています。
両目の向きを揃えてしまうと、見る人に対して威圧感を与え過ぎてしまうため、ずらして描れることがあります。

話は変わりますが、実はアメリカのヒスパニック・ソサエティーという施設にこの人の全身像の作品があります。この肖像画とほとんど同じような作品です。その全身像とこの半身像が何らかの関係があるのではないのかというのが、今後明らかにするべき、一つのテーマでもあります。

ありがとうございました。
企画展「西洋美術へのまなざし―開館40周年を記念して」は、2022年12月11日(日)まで開催されています。今回紹介された作品のなかで実際に鑑賞してみたいと思った方はぜひ足を運んでみてください。

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会期 2022年11月19日(土)〜2022年12月11日(日)
会場 三重県立美術館
住所 三重県津市大谷町11
時間 9:30〜17:00 (最終入場時間 16:30)
休館日 月曜日 
観覧料 一般 700円(500円)
学生 600円(400円)
高校生以下 無料
TEL 059-227-2100
URL http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/index.shtm

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