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その旅に、物語を。

Pokkeインタビュー #007

自身を取り巻く「当たり前」の世界と向き合う企画展の見どころを解説
富山市ガラス美術館『アナザーワールド:不思議でリアルな世界』特別インタビュー

富山県富山市にある、富山市ガラス美術館では、2023年3月4日(土)〜6月18日(日)まで企画展「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」が開催されています。

本展は、もうひとつの世界・アナザーワールドをテーマに、現在(いま)を生きる7名の作家によるガラス作品を約70件紹介した企画展です。

Pokkeインタビューでは、富山市ガラス美術館の学芸員、渡部名祐子(わたべ・なゆこ)氏と米田 結華(よねだ・ゆいか)氏に、「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」の見どころや作品の解説をしていただきました。

ゲストプロフィール

富山市ガラス美術館 学芸員

渡部 名祐子氏
米田 結華氏
     

【公式サイト】富山市ガラス美術館

街中の新たな魅力創出の役割を担う、富山市ガラス美術館

── まずはじめに「富山市ガラス美術館」についてご紹介をお願いします。

富山市ガラス美術館 外観,画像提供:富山市ガラス美術館

渡部 富山市ガラス美術館は「ガラスの街とやま」を目指したまちづくりの一環として、2015年8月に開館しました。単体で建物が建っているのではなく、「TOYAMAキラリ」という複合ビルの中にあります。同じ建物内に、富山市立図書館もあり、富山市の同じ文化施設の仲間とともに文化芸術の拠点としてだけではなく、街中の新たな魅力創出の役割を担っています。

── ありがとうございます。「富山市ガラス美術館」では、どのような作品を収蔵しているのでしょうか。

渡部 原則としてガラスを使った作品を収集し、展示しています。ガラスと一言に言っても、はるか昔から長い歴史を経て、ガラスの文化は育まれています。私たちは、その長い歴史の中から、1950年代から現在に至るまでのガラス作品を扱っています。

── 1950年代以降の作品を取り扱っているのですね。主に館内では年間を通して、どのような展示をされていますか。

米田 常設展としては、アメリカの現代ガラスの巨匠であるデイル・チフーリ氏によるインスタレーション(空間展示)作品を6階のグラスアートガーデンで展示しています。また、当館の所蔵作品を紹介するコレクション展を4階で年に2回ほど実施中です。 2階と3階は、主に企画展の会場となっており、現在は「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」を開催しています。

不思議な作品が勢揃い。ガラスの持つ、二面性に注目!

──「富山市ガラス美術館」のご紹介ありがとうございました。さて、現在開催中の「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」ですが、どのような企画展なのでしょうか。

渡部 「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」は、複数の作家の作品を紹介するグループ展となっています。
全部で70件の作品を展示しており、アナザーワールド、つまりはもう一つの世界をテーマに多数のガラス作品をご紹介しています。全部で70件とお伝えしたのは、複数で一つの作品と数えるものもあるからです。点数で言うと、100点以上の作品を展示しています。


もう一つの世界というと通常は私たちがいるこの世界とは別で、異次元といったイメージを持ちがちだと思います。特にエンターテイメントの分野では、そういう設定が多いと思うのですが、この企画展でテーマとしたのは「私たちが今まさに生きているこの世界」です。

──もう一つの世界というと確かに異次元のイメージがありますね。今回の企画展では、今まさに生きているこの世界をテーマとしたとおっしゃっていましたが、その中で注目してほしい部分はありますか。

渡部 注目してほしいのは、物事の二面性になります。例えば、見慣れたものと見慣れないものや夢と現実といった点になります。

こういう点に着目して、作家の方々には作品をご出品いただいているので、本展では、不思議な作品が勢揃いしています。 ただ、不思議と言っても、奇想天外なものではありません。私たちが見慣れている普段の当たり前のものが少し姿を変えたものになっています。

──なるほど。当たり前のものが姿を変えているという点について、何か意味が込められているのでしょうか。

渡部 不思議なものに出会うと、人間の自然な感情としては、驚きや時には憧れといった感情を持つと思います。そういう感情を通して、今まで私たちが何の疑いもなく見ていた世界に対して、新たな視点を投げかける展示です。

作品を通して素朴な疑問を持つことで、自分を取り巻く世界に新たに働きかけるきっかけになってほしいという想いが込められています。
良くも悪くも当たり前が簡単にひっくり返ってしまう時代なので、好奇心と想像力を持って、自分を取り巻く世界に向き合っていけるような、そういうお手伝いがこの展示を通してできたら幸せですね。

──今回の企画展では、そういう想いや趣旨に合った作家7名を選んだということなのでしょうか。

渡部 そうですね。企画を練りながら、作家の方々を調べていく中で7名を選定させていただきました。

米田 そのほかにも、この企画展で取り上げている作家の方は20代〜40代ぐらいの比較的若い方になります。私たちと同じ、この時代をまさに生きている当事者だと思います。そういう作家を選びたいという想いもありましたね。

World1 未知の表情に出会う

──ありがとうございます。それでは、企画展の具体的な解説をお願いできればと思います。まず初めにWorld1では、どのような展示をしているのでしょうか。

米田 World1は「未知の表情と出会う」と題して2名の作家をご紹介しています。いずれも新しい技法や素材を自分で切り開きながら、独自の表現を確立しているという共通点があります。ガラスは私たちにとって見慣れた存在だと思いますが、2名の作家の異なるアプローチからこれまでに見たことのないガラスの表情を感じ取っていただきたいです。

「ガラスを編むこと」による表現の追及
竹岡健輔氏

──日常生活の中で、とても身近な存在であるガラスの見たことのない表情、とても気になります。World1の一人目はどのような作家なのでしょうか。

米田 一人目の作家は、竹岡健輔(たけおか・けんすけ)さんです。竹岡さんは、制作の初期段階から「ガラスを編むこと」による表現の追求をされてきた作家で、以前から編み物や竹の工芸品にとても関心があったそうです。人の手で作られた温かみや柔らかさをガラスで表現したいと思ったことが、この方法を生み出したきっかけだったということです。

ガラス用語では「ケーン」と呼ばれるガラスの棒をまずは大量に作ります。それらを組んで1枚のシート状にし、さまざまな形に加工して、作品を作り出しています。


──ガラスを編むという発想が斬新ですね。竹岡さんは、今回の企画展でどのような作品をご出品されているのですか。


左:竹岡健輔《Basket #7》2021年、作家蔵


中央:竹岡健輔《Basket #3》2021年、作家蔵


右:竹岡健輔《Basket #10》2022年、作家蔵

米田 今回は、初期の頃から制作されている《Basket》という籠の形をした作品から最新作までをご出品いただいています。やはり、竹の工芸品に興味があって、籠を作りたいという想いがあったようです。

そのほかにも、1枚のシートを非常に高温になる電気炉で熱し、柔らかくなったガラスが自重でたわむ動きを利用して形を作る「サギング」という技法を用いて作られた《Transition ’22-6》や近年取り組まれている、吹きガラスと編んだシートを組み合わせて制作した《線跡 ’21》といった作品をご出品いただいています。

《線跡 ’21》は、吹きガラスの両面から2枚のシートを前後に貼り合わせ、徐々に息を吹き込みながら、大きく形を整えていった作品となります。

竹岡健輔《Transition ’22-6》2022年、作家蔵


竹岡健輔《線跡 ’21》2021年、富山市ガラス美術館所蔵 撮影:末正真礼生 画像提供:富山市ガラス美術館


──竹岡さんの作品を鑑賞する上でのポイントや注目してほしい点はありますか。

米田 作品を見ていくと、初期の頃は簡単な形だったものが徐々に立体的で複雑になっていく様子が分かります。その表現の展開を会場では楽しんで頂けると思います。

また、竹岡さんの作品は造形が大胆でダイナミックなのですが、1本1本のケーンを使って、組み合わせていったり、網目の立体感を出すために、表面を削っていたりと、とても細かい作業をされているんですね。大胆な造形に対する細やかな作業の対比にも注目していただきたいです。

ガラスは柔らかい状態では触ることができないので、編むということと結び付けづらい素材だと思いますが、多彩な技法を駆使してダイナミックに表現しているところが竹岡さんの面白さだと思います。

土とガラスを用いた独自の技法を展開
津守秀憲氏

──竹岡健輔さんのご紹介ありがとうございました。World1の二人目はどのような作家なのでしょうか。

米田 二人目の作家は、津守秀憲(つもり・ひでのり)さんです。津守さんの作品は、一見するとガラス作品に見えないかもしれません。<

ですが、焼き物の原料として使う土と、砕いたガラスを粘土をこねるように混ぜ合わせた新しい素材を電気炉で焼成する、「混合焼成」という独自の技法で作品を制作しています。
表面の細かいひび割れなどは、混合焼成だからこそ表現できるものだと思います。津守さんが表現するガラスの独特な表情を楽しんでいただきたいです。

──今回の企画展では、どのような作品をご出品されているのでしょうか。

米田 今回は《胎動》という津守さんの代表的なシリーズから10点作品をご出品いただいております。同じシリーズでもさまざまな形をしていますが、津守さん自身が予め切り込みを入れたり、手で引っ張ったりといった作業をしているのではなく、ガラスと土の配合を細かく調整することによって、焼いた時に津守さんの意図した形になるのだそうです。

緻密な計算をする一方で、完璧な作り込みはせず、最終的に電気炉に入れて焼いた際に、熱や重力で形作られ、最も良いと判断したところで、その形をとどめることを制作の中で行っていらっしゃいます。

津守秀憲《胎動 ’17-4》2017年、富山市ガラス美術館所蔵 撮影:末正真礼生 画像提供:富山市ガラス美術館

米田 初期の頃の胎動は、安定感のある重心の低い作品が多いのですが、最近の作品は高さもあり、混合焼成特有の質感がよく分かるシンプルな形態になっています。

──シンプルな形態への変化は、津守さん自身の中で、何かコンセプトの変化といったようなことがあったのでしょうか。

津守秀憲《胎動 ’22-2》2022年、作家蔵

米田 作品を制作する上で、津守さんが開発した新しい素材を最大限に引き出していくという点については、初期の頃からずっと変わらないそうです。制作を続けていく中で、技術が段々と成熟していって、高さがありつつも、下が小さく、頭が大きいといった不安定な形の作品にも挑戦できるようになったとおっしゃっています。コンセプトの変化というより、表現の幅が広がったのだと思います。

World2 思いが交差する場

──World1「未知の表情と出会う」の解説ありがとうございました。World2はどのような展示なのでしょうか。

米田 World2は「思いが交差する場」と題して、今井瑠衣子(いまい・るいこ)さんの作品を取り上げています。ここでは、作家と見る人々の思いや記憶が交わること、または繋がることをテーマにした章となっています。

自身の記憶や感情をもとに作品を作り続ける
今井瑠衣子氏

──今井さんは、どのような作品を制作されている作家なのですか。

米田 今井さんは、私物である身近な日用品をかたどった作品を数多く制作されています。今回の展示では、《Reminiscence》と《体温の肖像》という2つのシリーズからご出品いただいています。

今井さんの作品は、分かりやすい独特な質感があるのですが、まず私物から型紙を起こして、真鍮製の網で作っていきます。その表面に粉末状のガラスを焼き付けることで、ザラっとしたような独特の風合いが生まれています。

──まずは、今回ご出品の《Reminiscence》について、解説をお願いしたいと思います。この作品には、どんな想いが込められているのでしょうか。

今井瑠衣子《Reminiscence》2016年-、作家蔵 撮影:岡村喜知郎

米田 今井さんは神奈川県出身の方です。地元を離れて、金沢にある卯辰山工芸工房という工房で研修をされました。
《Reminiscence》では、故郷から離れて、新しいものに囲まれる中で感じた、寂しさや、慣れ親しんだものに対する愛着といった感情がつまった作品です。作品のモチーフとしては、文房具や靴、鞄といった日用品になっています。

──その当時の今井さんの気持ちが込められた作品なのですね。《体温の肖像》は、どのような作品なのですか。

米田 《体温の肖像》は、近年制作のシリーズになります。今井さん自身の私生活の変化や新型コロナウイルス感染症の流行で、自宅で過ごす時間が増えて、衣服への関わりが増えていったのだそうです。衣服は、生きている人が一番近くに接するものなので、生きている人の体温を宿すものと捉えて制作された作品です。

作品はご自身の体から取った型を用いて作っているのですが、今井さんのプライベートな部分やリアルを反映している一方で、私たちとの繋がりを感じさせる点が魅力的だなと思います。なので、作品をご覧になる方それぞれが、ご自身の思い出を重ねながら鑑賞していただければと思います。

World3 生きるということ

──World2「思いが交差する場」の解説ありがとうございました。World3はどのような展示なのでしょうか。

渡部 World3は「生きるということ」と題した章となっています。生きることは誰にとっても大きなテーマだと思います。現代を生きる作家にとってももちろん例外ではありません。World3では、ガラスを主な素材として、生きること、生命そのものを大きなテーマとして表現する2名の作家をご紹介しています。

生命感あふれた作品を展開
木下結衣氏

──ありがとうございます。それでは、World3一人目の作家のご紹介をお願いします。

渡部 World3の一人目は、木下結衣(きのした・ゆい)さんです。木下さんは「バーナーワーク」という技法を使い作品を制作されています。木下さんはガラスのみを使用するのではなく、ビーズなどとも組み合わせて作品を制作しています。パーツの質感を上手く組み合わせることで、迫力のある作品に仕上げています。

──木下さんの作品を見ると、通常のガラスやビーズの透明でキラキラしたようなものとはだいぶ異なる印象を受けました。

渡部 そうですね。通常は光が透けて、軽やかで涼しいといったイメージをお持ちの方が多いと思います。木下さんの作品に効果音を付けるとしたら、ムクムクといった方が似合うかもしれません。脈を打つような生命感のある有機的な雰囲気に溢れた作品だと思います。

──今回ご出品の《蘇生》は、どのような作品なのでしょうか。

木下結衣《蘇生》2020年、樂翠亭美術館所蔵、撮影:林周悟

渡部 《蘇生》は、まさに新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい始めた2020年の初め頃に制作されたそうです。その中で弱っても蘇る生命の強さというものを、このガラスの輝きの効果に託して表現した作品です。ガラスやパーツを集積させることで、生命が持つ力強さやその輝きを表現しています。

──確かに作品からは、力強さが感じられます。そのほかに、生命をテーマにした作品はありますか。

木下結衣《たゆたう》2021年、作家蔵、撮影:林周悟

渡部 生命にもタイプがあります。白をベースにした《たゆたう》という作品は、輝きながら静かにたゆたっているような、優しい命のあり方を表現しています。
《たゆたう》とは雰囲気が一変した《浸潤》という作品もあります。《浸潤》には、癌細胞が体内で増していく様子といった意味もあり、毒々しさや怖さといったように、猛烈な強さを感じさせる作品となっています。

生命や生きているものが根源に持っている、がむしゃらな強さ、生きるためには他を顧みない怖さというものがこの作品には込められています。

木下結衣《浸潤》2021年、作家蔵、撮影:林周悟

生きることと呼吸をすることの密な関係性に注目
小林千紗氏

──木下結衣さんのご紹介ありがとうございました。World3の二人目はどのような作家なのでしょうか。

渡部 World3の二人目は小林千紗(こばやし・ちさ)さんです。小林さんは、吹きガラスを主な手法として、制作活動を展開しています。
吹きガラスは、その名の通り、息を吹き込んで形を作る方法です。つまり出来上がるガラスの形は、吹いた人の息ということになります。

小林さんは、まさに吹きガラスと息の関係性に着目した作家です。さらに、コロナ禍の抑圧された状況ということもあって、生きていることと息をすること、つまりは呼吸をすることの密接な関係性に以前から興味があったということもあり、ご自身の吹きガラスという制作技法と絡めて、より一層関心を高められたそうです。

──吹きガラスという制作技法と呼吸の関係性に着目した結果、出来上がったのはどのような作品なのでしょうか。

小林千紗《しろの くろの かたち 2021-1》2021年、富山市ガラス美術館所蔵、撮影:末正真礼生 画像提供:富山市ガラス美術館

渡部 関係性を突き詰めていった結果完成したのが、《しろの くろの かたち 》シリーズになります。
この作品をご覧になった方の多くは「本当にガラスで出来ているのですか」とおっしゃいます。ガラスというと、繰り返しになりますが、透明でキラキラと光り、冷たいというイメージが強いですよね。小林さんのこの作品は、見事にそのイメージを裏切っています。

──確かに本当にガラスで作られているのかと疑ってしまうほど、ガラスのイメージとは、かけ離れているように思いました。

渡部 ですが、ガラスの持つ一般的なイメージを裏切っている一方で、実はガラスが持っている根本的な性質を活かした制作でもあります。ガラスは、熱いうちに造形すると、自由自在に姿を変えることができます。

ガラスというと、自由にならないといったイメージをお持ちの方もいらっしゃるのですが、実は熱と重力、そして作る人の息や身体の動きによって姿を変えていくという特徴があるので、小林さんはその特徴に注目して制作しています。

──見た目はガラスに見えずとも、ガラスの持つ特徴を活かした制作をされているということなんですね。作品は全体的に真っ黒ですが、どのような手法を凝らしているのでしょうか。

渡部 この黒は、ガラスの色ではありません。小林さんが吹いたものをいくつか組み合わせて、それを和紙で包んでいます。和紙で包んだ上から更に黒く塗っているので、結果としてガラスの透明感は一切なくなったということです。

透明感がなくなったことで、作品からは、伸びやかさやしなやかさが感じられます。もし作品に触れられるとしたら脈を打って息をしていそうな、そんな有機的な生命感というものがここでは表現されています。ガラスと小林さんの呼吸、そして身体の動きがコラボレーションした結果だと思います。

──小林さんならではの作品ですね。そのほかにも「呼吸」をテーマにした作品はありますか。

小林千紗《分かつ呼吸》2022年、作家蔵

渡部 《分かつ呼吸》という作品をご紹介します。黒地に白い顔料でドローイングしたものとなります。ガラス作品ではないのですが、呼吸を考えるにあたって、非常に鍵となる作品です。
ガラス作品を平面に起こしたわけではなく、小林さんの命を司るものとしての呼吸への関心を表現した作品となっています。
2つの球体が横長に並び、中心でくっついた形をしていますが、その中で無限に渦を巻く呼吸の流れの循環を表現しています。

──《分かつ呼吸》という作品名には、どういう意味が込められているのでしょうか。

渡部 「分かつ」が分かれるという意味なのか、それとも一つだったものを「分け合う」という意味なのか見る人それぞれの視点で想像していただけたらということだと思います。分離していく瞬間にも見えますし、異なる呼吸同士が出会った瞬間にも見えます。まさにこの作品には「呼吸」というものが確かに存在していることや命のあり方を考える小林さんのコンセプトが現れた作品だと思います。

World4 見えないものを追いかける

── World3「生きるということ」の解説ありがとうございました。企画展最後のWorld4についてのご紹介お願いします。

渡部 World4は「見えないものを追いかける」と題した章になります。目に見えないものは、時代を超えて大勢の人を引きつけるテーマではないかと考えています。また、目に見えないものは、どうしても存在しないと思いがちですが、見えなくともなんとなく気配を感じたり、一瞬だけ見えたような気がするというのは日常生活において、実はわりとあることなのではないか思います。

World4では、目に見えずとも確かに私たちの周りにあるものを探ってみたら面白いのではないかと考え、ガラスを使いそういうことを追及している2名の作家をご紹介しています。

「場所」をテーマにインスタレーション作品を展開
植村宏木氏

──「目に見えずとも、実はある」の追及は、とても面白そうですね。World4の一人目はどのような作家なのでしょうか。

渡部 World4の一人目は、植村宏木(うえむら・ひろき)さんです。植村さんは「場所」というものに非常に関心を持っている作家で、主にインスタレーションによる作品制作を展開しています。

作品1点をガラスケースに入れて独立したものとして見るというよりは、その「場所」の中にある存在として見せるという制作スタイルをとられています。

── なるほど。植村さんの作品制作におけるコンセプトは何でしょうか。

渡部 目には見えないけれどもその場所に確かにあるはずの、さまざまなものの気配や私たちを取り巻いている空気、その場所に蓄積された歴史などをガラスを通して表現しています。

ガラスという素材は本当に不思議で、扱い方によっては透明にも不透明にもなり、色も付けることができます。また、ガラスの表面を加工して、透明と不透明の間の不思議な雰囲気を表現することも可能です。

「目には見えないけれども実はそこに存在するのではないか」ということを表現するのに、とても適した素材だと植村さんの作品を通じて感じることができます。

── ありがとうございます。今回の企画展では、どのようなインスタレーション作品が展示されているのですか。

渡部 今回は《景色を掬う》という作品をご出品いただいています。8点で1つの作品と捉えています。

文字通りの風景を表現した作品で、その風景を救いとるというコンセプトになっています。 本展に向けて、植村さんが富山県内各地を実際に訪れて収集した木や石などをガラスと組み合わせた作品です。

その場所特有の空気感や気配、その場所が積み重ねてきた歴史、それにまつわる物語を表現しています。この作品には言葉も添えられており、植村さん自身が作成してくださいました。会場では、言葉と合わせて作品をお楽しみいただけます。

──言葉があることで、より一層《景色を掬う》という作品を楽しめますね。そのほかには、どのような作品をご出品されていますか。

植村宏木《呼吸を追う》2021年-22年、作家蔵

渡部 同じくガラスによるインスタレーション作品で、10点組の《呼吸を追う》という作品をご出品いただいています。この作品は、タイトルにもあるように、呼吸を追いかけるといったコンセプトになります。
吹きガラスの制作技法でさまざまな形にしたガラスを床に並べています。このガラスは、白と透明なものが混在しています。

──白と透明なガラスには、何か違いがあるのでしょうか。

渡部 白は吹いたものを1回割って、内側の表面を削っています。それをまた元通りの形にして完成になります。

吹いたことによって、目に見えるようになった呼吸の形を追いかけています。割ることで、その呼吸が別の段階を迎え、その内側を削ることによって、また新しい時間の流れを意識できます。再びそれを戻すことによって、新しい段階が生まれ、どんどん変化していく自分の呼吸は、時間とともにどう変わっていくのだろう、どうなっているのだろうかという呼吸を文字通り追いかけています。

また、白いものの方は口が空いています。それに対して、透明なものの口は完全に閉じています。この対比によって、透明なものは呼吸の動きもそこで終わりですが、白いものはまだ、呼吸の中に空気が入り、空気と交わることによって変化していくというコンセプトを表現しています。

──目に見えないはずの呼吸がガラスを通して表現されているのですね。

渡部 そうですね。私たちは普段、当たり前のようにこの瞬間も呼吸をしています。ですが、自分の呼吸がどんな形をしているのか、ふっと吹いた呼吸は一体どこへ行き、どうなるのかということは考えないと思います。しかし、このようにガラスを通して形になると、新しい発見にもなりますし、呼吸に対して新たな目を向けるきっかけにもなると思います。

──生きていく上で当たり前の「呼吸をすること」について考えさせられる作品ですね。そのほかにも今回ご出品の作品の中で注目のものがあれば教えてください。

植村宏木《知覚のはかり》2021年、作家蔵

渡部 《知覚のはかり》という作品をご紹介します。この作品は、植村さんの代表的なシリーズとなります。 見た目はシンプルで、ガラス板に木を添えているという作品ですが、よくよく見るとガラス板の表面に彫り跡がついています。

このガラス板は空気に見立てられています。ここに空気が確かにあるということを、ガラス板の彫り跡を通して表現した作品です。表面だけでなく、裏面からも彫ることで、空気にも層があり、厚みも深みもあるということを表現しています。

空気があるということに気付くと同時に、自分とその空気との距離感や取り巻いている空間を改めて意識する、そんな作品ともいえます。空気や空間が一体となったというのが、植村さんの制作の特徴です。

夢に現れた不思議な生き物をガラスで表現
高橋まき子氏

── 植村宏木さんのご紹介、ありがとうございました。World4の二人目はどのような作家でしょうか。

渡部 World4二人目は、高橋まき子(たかはし・まきこ)さんです。高橋さんはご自身の夢や白昼夢をテーマに、夢に現れた不思議な生き物たちの姿をガラスで表現されています。

高橋さんは夢に現れた不思議な生き物たちのことを幻獣(げんじゅう)と呼んでいます。幻獣は、日常生活の中で当たり前に見えているものではないのですが、確かにこの世の中にいる不思議な幻獣たちの姿を表現し、作品を制作しています。

── 不思議な生き物・幻獣をテーマに作品を制作する上で、どのような技法を用いているのでしょうか。

渡部 「パート・ド・ヴェール」という技法を用いて作品を制作しています。石膏の型の中にペースト状のガラスを詰めていきます。詰めたものを窯で焼き上げると、半透明の砂糖菓子のような優しく柔らかい質感のものが出来上がります。

色彩も自由自在に表現できるので、絵の具を塗ったようだと表現される方もいます。実際には絵の具は使用していませんが、絵の具を使ってグラデーションを付けたような、微妙な色彩の変化がこの技法を使うと表現できます。

優しくて、穏やかな色調になるので、夢の中にいた幻獣たちの神秘的で幻想的な雰囲気を表現するのには、ぴったりの技法だと思います。内側からふわっとした光を放っているような、幻獣たちの不思議な雰囲気がよく表現できていると思います。

── 高橋さんの描く世界観とパート・ド・ヴェールという技法が非常に相性が良いのですね。今回の企画展では、どのような作品をご出品いただいているのでしょうか。

高橋まき子《気配の共有》2020年、作家蔵

渡部 《気配の共有》という作品をご出品いただいております。この幻獣は、実際に高橋さんが夢で出会って対話をしたそうです。この幻獣と対話したときに、高橋さんはおおらかさや優しい雰囲気、包容力が豊かな印象を受けたということです。そういう生き物の雰囲気を表現するのにも、パート・ド・ヴェールという技法は合っていると思います。

── 夢の中で出会っただけでなく、対話した幻獣を描いているのですね。そのほかの作品もご紹介いただけますか。

高橋まき子《白昼夢の入口》2022年、作家蔵

渡部 《白昼夢の入口》という作品をご紹介します。私たちの手のひらよりも大きく《気配の共有》よりも少し小さめの作品となります。
パート・ド・ヴェール特有の淡くて優しい色調の中に光を溜め込んでいるような、幻想的な雰囲気が作品からは感じられます。

その一方で、生き物の顔がかなりユニークで、思わず微笑んでしまうようなユーモラスな趣きもあります。幻獣たちは決してとっつきにくい存在ではなく、のんびり屋な生き物やあわてんぼうの生き物など、さまざまなキャラクターがあるそうです。色彩豊かに表現することで、見る人にとって親しみやすい存在になっています。

── 不思議な生き物というととっつきにくい印象もあったのですが、人間味あふれた幻獣たちが多いのですね。他にも注目してみてほしい作品があれば教えてください。

高橋まき子《あ・うん》2014年、作家蔵

渡部 《あ・うん》という作品をご紹介します。
実はこの作品は、万華鏡です。万華鏡というと、筒の形をしていて、自分の手でくるくると回すという印象があると思います。ですが、この万華鏡は、四つ足の生き物の格好をしています。ちょうど生き物の顔の中央に切れ込みから覗き込むことができるんです。

生き物の背中部分がガラスで作られているので、上から光り当てて覗き込むと、その光の加減で万華鏡の表情も変化し、とても幻惑的で不思議な印象になります。

── この作品が万華鏡とは驚きました!楽しい気分にさせてくれるような、そんな作品ですね。

渡部 そうですね。この作品はもともと不思議で異なる世界を覗き込めるような高揚感があって、とても人気のある存在だと思います。それが幻獣の姿をしていることによって、目には見えないけれども、確かにそばにあるのではないかという不思議な世界を連想させてくれる楽しい作品です。

── ありがとうございます。万華鏡なので、実際に覗き込んで見てみたいと思うのですが、作品なので触れることは難しいですよね。

渡部 そうですね。美術館では、お客様に直接触れていただくことができません。ですが、触れられない代わりに万華鏡の中の様子を楽しめるよう動画を準備しました。来館してくださった方全員が、その動画を通して万華鏡の中を覗き込めるので、ぜひ楽しんでほしいと思います。

ガラスが持つ、表現の幅の広さを感じてほしい

── World1~World4の解説、誠にありがとうございました。渡部さんと米田さんからお話を伺う中で、ガラスという素材の持つ可能性を強く感じた時間でした。ガラスはキラキラして透明というイメージが強かったのですが、良い意味でそのイメージが覆りました。

渡部 ガラスという素材は、実は、自由自在になるので、さまざまな表情が見られるのが大きな特徴だと思います。冒頭でもお伝えしましたが、二面性を持ち、相反する要素が一つの作品の中で同居している、それが大きなポイントなのではないかと思います。

米田 二面性ということで、柔らかいと硬いなど両極端にあるはずのものが一つの素材の中に同居しており、作品にもその二面性がしっかりと現れています。身近な素材ですが、多様な表現ができ、新たな一面を発見できるので、面白いなと感じています。

── ありがとうございます。最後になりますが、本展に興味がある、来館されるお客様へメッセージをお願いします。

渡部 一風変わった作品が勢揃いしていますので、普段から少し変わったものやゾワっとするものがお好きな方には特に楽しんでいただけるのではないかと思います。作品を通して、ガラスという素材の新たな可能性を感じ取っていただきたいです。
不思議な作品ばかりですが、その不思議さを通して、身の周りの「当たり前」や「普通」と思っていたことに対して、凝り固まった思考の結び目をほどくような展示となっていますので、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。

米田 ガラスというと、透明でキラキラしている、そんなイメージを持たれる方が多いと思います。ですが、本展を見ていただくと、先ほどもお伝えしたように「ガラスってこんな表現ができるんだ」という、その幅の広さを知っていただけると思います。すでにガラス美術が好きな人も、まだ見たことがない人も、ぜひ来館していただけると嬉しいです。

── ガラスという素材の新たな可能性を感じられたインタビューでした。渡部さん、米田さん、ありがとうございました! 富山市ガラス美術館では、6月18日(日)まで企画展「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」を開催中。今まさにこの瞬間を生きる作家7名の不思議なガラス作品をぜひお楽しみください。

富山市ガラス美術館の詳細については、以下をご覧ください。



========================================= 会期:2023年3月4日(土)~6月18日(日)
会場:富山市ガラス美術館 2・3階 展示室1-3
所在地:富山県富山市西町5番1号
アクセス:【電車】富山駅から市内電車環状線にて約12分「グランドプラザ前」下車 徒歩2分、富山駅から市内電車南富山駅前行きにて約12分「西町」下車 徒歩約1分
【バス】富山地鉄バス「西町」下車すぐ、「総曲輪」下車 徒歩約4分
【車】富山I.C.より約20分
【空路】富山空港より地鉄バス(富山空港線)「総曲輪」下車 徒歩約4分
開館時間(企画展・常設展):9:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
休館日(企画展・常設展):第1・3水曜日、年末年始 ※休館日は記載と異なる場合がありますので、最新情報はガラス美術館公式ホームページをご確認ください。
常設展観覧料:一般・大学生200円(170円)※()内は、20名以上の団体料金。常設展観覧券でコレクション展及びグラス・アート・ガーデンをご覧いただけます。
企画展観覧料:企画展ごとに観覧料が異なります。「アナザーワールド:不思議でリアルな世界」は、一般1,000円(800円)、大学生800円(600円)※()内は20名以上の団体料金、高校生以下は無料、本展観覧券で常設展も観覧可
電話番号:076-461-3100
HP:https://toyama-glass-art-museum.jp/
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