Pokkeインタビュー #009
人と自然が共存する世界を描く企画展の見どころを解説 滋賀県立美術館『今森光彦 里山 水の匂いのするところ』特別インタビュー
滋賀県大津市にある、滋賀県立美術館では、2023年7月8日(土)~9月18日(月・祝)まで企画展「今森光彦 里山 水の匂いのするところ」が開催されています。
画像提供:滋賀県立美術館
長年、滋賀県をフィールドに里山の写真を撮り続ける、写真家・今森光彦(いまもり・みつひこ)氏の展覧会を、この度、滋賀県立美術館で初開催。滋賀県の里山を通じて、水の循環に着目し、私たちが忘れてしまった原風景を水の匂いとともに思い出させてくれるような展示内容となっています。 Pokkeインタビューでは、滋賀県立美術館の学芸員・芦髙郁子(あしたか・いくこ)氏に、企画展「今森光彦 里山 水の匂いのするところ」の見どころを解説していただきました。
ゲストプロフィール
撮影:三宅敦大
自然に囲まれた気持ち良い空間の中で
美術鑑賞を楽しめる「滋賀県立美術館」
──滋賀県立美術館は、どんな美術館なのでしょうか。
「滋賀県立美術館」は、1984年に滋賀県立近代美術館として開館しました。2024年で開館40周年を迎えます。約43haにおよぶ豊かな自然に囲まれた「びわこ文化公園」の中にある美術館というのが特徴の一つです。
「滋賀県立美術館」外観 撮影:大竹央祐
当館の周りには、野外彫刻が展示されており、隣には県立の図書館、公園内にはカフェもあります。自然に囲まれた気持ち良い空間を歩いていただき、当館に足を運んで、美術鑑賞できる、そんな美術館です。
──公園の中にあるということで、気軽に足を運べる美術館というイメージもありますね。
そうですね。開館当初は、「小さくともキラリと光る、日本中に発信する美術館」「知的好奇心に応える場」「あなたの応接間に」の3つを美術館のモットーとして掲げていました。 2021年に、第13代目の館長(ディレクター)保坂健二朗が就任し、同年4月1日に組織の名称が滋賀県立美術館と変わったことに合わせて、美術館の目指すべき姿を「公園のなかのリビングルーム」「リビングルームのような美術館」としたんです。 あらたまった空間から「くつろぎの場」として皆さんに楽しんでいただきたいと思っています。時代とともに、美術館も変化していきました。
──なるほど。美術館の目指すべき姿をくつろぎの場としながら、どんな収集方針を掲げて美術館の運営をされているのでしょうか。
まず、県立の美術館ということで、県にゆかりのある作家の作品を収集しています。 例えば、4月29日(土・祝)~6月18日(日)まで開催されていた企画展「小倉遊亀と日本美術院の画家たち展 横山大観、菱田春草、安田靫彦、前田青邨、速水御舟ほか」で取り上げた小倉遊亀(おぐら・ゆき)は、滋賀県大津市の出身で、日本を代表する女性画家の一人です。 2つ目の柱として、日本美術院という団体に所属する作家の方々の作品を収蔵しています。日本美術院で活躍した小倉遊亀ご本人より作品を寄贈していただいたことを一つの契機として当館が設立されたことから、同団体に所属する横山大観など作品を収蔵しています。 3つ目の柱として、マーク・ロスコやロバート・ラウシェンバーグ、白髪一雄といった、戦後のアメリカと日本を中心とした現代美術を代表する作家の作品も収蔵しています。 滋賀県に根を下ろした美術館ではありますが、「滋賀県から世界を見る」といったように、多様なものの味方や捉え方について、県民の方にも知っていただきたいと考えています。そして、滋賀県から世界を見る視点にもつながればと思っています。
──滋賀県だけでなく、世界にも目を向けているのですね。2016年からは、4つ目の柱として新たな作品群の収集を始めたとお伺いしました。
「アール・ブリュット」と呼ばれる作品群の収集を始めました。生(なま)の芸術と訳せるアール・ブリュットですが、厳密な定義は難しいとされています。芸術の教育を受けていない人たちが、自らの信念で、制作された独自の表現を表す概念として、1940年代にフランスの画家・ジャン・デュビュッフェが提唱したものです。 アール・ブリュットの一つとして、福祉施設などで作られた造形も取り上げられることがあります。2016年より、背景としての福祉施設等における造形活動から生まれたものを含む、滋賀のアール・ブリュットに関する作家の作品や日本のアール・ブリュットの特徴を把握できる作家の作品などを収集し、展示を行っています。
──アール・ブリュットの作品群を収集し始めた理由は何でしょうか。
滋賀県では、1946年に障害のある児童などを受け入れる入所・教育・医療施設「近江学園」が大津市に創設されました。ここでは、滋賀でとれる良質な粘土を素材として造形活動が始まったんです。その後、県内の多くの福祉施設等で、主に知的障害のある人たちによる造形活動が活発に展開され、現在に至っています。 このような、古くから福祉施設等での造形活動に積極的に取り組んできたという背景に立脚しつつ、滋賀県を軸に、日本を中心としたアール・ブリュットの特徴や魅力を概観できる作品を収集・展示していくということを全国に先駆けて実施していこうと、日々取り組んでいます。
「自然へのまなざし」が現れる写真を撮り続けて 滋賀県大津市出身の写真家・今森光彦氏
──美術館のご説明ありがとうございました。さて、7月8日(土)から、企画展「今森光彦 里山 水の匂いのするところ」が開催中ですね。今回の企画展で取り上げる、写真家・今森光彦氏は、どんな方なのでしょうか。
今森さんは、滋賀県大津市がご出身です。第20回木村伊兵衛写真賞や第28回土門拳賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰をはじめ、数々の賞を受賞されている、キャリアの長い写真家です。
今森光彦氏 ©オーレリアンガーデン
学生の頃から世界各国を訪問し、その土地で生きる生き物、例えば昆虫などを撮影してきました。過去には、東京都写真美術館などでも昆虫関係の写真展を開催しています。 1990年代から故郷である滋賀県の里山の風景やその土地に暮らす人々の営みの写真を撮り続けています。1992年に写真雑誌『マザー・ネイチャーズ』夏号に「里山物語」を発表して以降、数々の写真集を発表し、近年は環境農家、ガーデナー、里山環境プロデューサーとしても活動するなど多彩な方です。
──写真家としての顔だけでなく、幅広く活動されている方なのですね。滋賀県立美術館で今森さんを取り上げる企画展は、今回が初めてと伺いました。
そうですね。長年、滋賀県をフィールドに写真を撮り続けている方なので、改めて展示をしようと今回の企画が立ち上がりました。 今森さんのアトリエは、滋賀県の仰木地区という琵琶湖を望む田園風景の中にあるのですが、今回、展示を企画するにあたり、アトリエに何度か通わせていただきました。さまざまなお話をして、展示内容を一緒に決めていったのですが、自然に対する愛がとても強く、知識も大変豊富な方だなと思いました。 小さな頃から、滋賀県の自然の中で遊んで過ごしていたそうで、昆虫少年がそのまま大人になったような、大変魅力のある方です。写真にも、子どもの頃から培われてきた「自然へのまなざし」が現れていると思います。
──「自然へのまなざし」が写真に現れているとのことですが、今森さんの写真の面白さや魅力はどんなところにあると思いますか。
自然の写真というと、未知の世界といったものを思い浮かべる方も多いと思います。ですが今森さんが写真で取り上げる里山は、自然の中にいる人や動物も含めて撮影したものばかりです。 今森さんは、こうした自然の写真を「自然(じねん)」だとおっしゃっています。自然(じねん)は、もともと仏教用語です。西洋的な自然(ネイチャー)ではなく、動物も生き物も人間も同じ立場として捉えており、そういう自然(じねん)の概念に根ざした写真を撮り続けています。 未知の自然ではない、自然(じねん)の概念が現れていることが、今森さんの写真の魅力だと思います。
──ありがとうございます。今回、自然(じねん)の概念に根ざした里山の写真を展示するにあたって、テーマは、どのように設定されたのでしょうか。
里山シリーズを取り上げるにあたって、その特徴は何だろうかと考えたんです。 今森さんの写真は、棚田や雑木林などの緑あふれる場所とともに、湖もまた里山として撮影されています。 今森さんもおっしゃっていましたが、常に琵琶湖が近くにあるような環境で、必然的に、琵琶湖の水が流れる気配を感じられるのだそうです。 そういった中で写真を撮られているということで、このテーマを設定し、展示することにしました。
──里山だけでなく、湖も含めて写真を撮影されているのですね、企画展のタイトル「今森光彦 里山 水の匂いのするところ」には、どのような意味が込められてるのでしょうか。
今森さんは写真家でありながら、エッセイも出版する非常に優れた文筆家でもあります。写真集を見たり、エッセイを読んだりすると「匂い」というものが一つキーワードになっているのではないかと感じました。 匂いを媒介して、過去の出来事を思い出すということはよくあると思います。今森さんも水の匂いを媒介して、少年時代に立ち戻ることも多く、それが作品のインスピレーションになっているそうです。 先ほどもお伝えしましたが、今森さんが撮影する里山は、琵琶湖に繋がっていることから、水の匂いというものがタイトルにもふさわしいのではないかと思い、「今森光彦 里山 水の匂いのするところ」としました。
──なるほど。では、章構成も、里山から琵琶湖までの流れを意識したものになっているのでしょうか。
そうですね。今森さんのこれまでの里山の作品を、水の流れや循環を意識した章構成としました。全6章で構成しているのですが、第1章が奥山の写真群でそこから6章に至るまで、上から下へと水が流れていくようなイメージで展開しています。
里山に宿る、多様な生態系と水の循環を感じて
第1章 はじまりの場所
──今森光彦氏のご紹介ありがとうございました。今回の企画展について、ご説明をお願いできればと思います」。第1章「はじまりの場所」は、どんな内容でしょうか。
第1章「はじまりの場所」展示風景 画像提供:滋賀県立美術館
第1章では、主に滋賀県高島市の朽木で撮影された写真を展示しています。朽木という土地は、奥山にあり、水源地となっています。 「水が湧き出て生まれていく」「水の旅の始まりの地」というイメージから「はじまりの場所」というタイトルを付けました。 人里からは少し離れた場所ではありますが、例えば≪トチの実を拾う人≫という作品を見ていただくと分かるように、おばあさんが森の中でトチの実を拾っている様子を撮影しています。この写真を通して、人里離れた場所でも、自然の中に人の営みを感じられると思います。
──なるほど。人と自然は、やはり切っても切り離せないものということでしょうか。
今森光彦≪トチの実を拾う人≫2002年 ©Mitsuhiko Imamori
そうですね。自然の中に人の営みがあるというところに、今森さんが里山を撮影する意味が込められていると思います。 もちろん人がいないように写真を撮ることも可能です。それをあえて人を入れて撮影しているということは、やはり自然(じねん)の概念が、この写真で表現されていると言えます。
──ありがとうございます。そのほかに、第1章で、特に自然(じねん)の概念を感じられる作品はありますか。
お盆の時期にご先祖様に感謝をして供養する大切な仏教行事《おしょらいさん》や、産卵のために渓流を遡上する《ビワマスの遡上》なども、水と土の匂いの中にある、生命の循環を表現した作品だと思います。
今森光彦≪おしょらいさん≫1998年 ©Mitsuhiko Imamori
また、遡上するビワマスの様子を捉えたものは、とても貴重な瞬間を撮影したそうで、今森さんも特に見ていただきたいとおっしゃっていました。
今森光彦≪ビワマスの遡上≫2000年 ©Mitsuhiko Imamori
第2章 萌木の国
──第1章「はじまりの章」のご説明ありがとうございました。第2章「萌木の国」は、どんな内容なのでしょうか。
第2章「萌木の国」展示風景 画像提供:滋賀県立美術館
第2章「萌木の国」では、滋賀県マキノ町(現・高島市)にある雑木林で撮影された写真を展示しています。 今森さんは、1997年にこの雑木林を自ら購入して、保全活動に取り組んでいます。そのきっかけとなったのが、作品の一つである《やまおやじ》です。これは、非常に古いクヌギの木で、古木(こぼく)と呼ばれています。 クヌギは、薪や椎茸の栽培に活用するなど、さまざまな形で使われています。伐採しては、また芽吹く。そういったサイクルを経て、《やまおやじ》のような非常に複雑な形になっていきます。
──≪やまおやじ≫という作品名は、非常に印象的ですね。
今森光彦≪やまおやじ≫1991年 ©Mitsuhiko Imamori
そうですね。今森さんがこのクヌギを見たときに、とても感動したそうです。貫禄のあるずっしりとした感じから直感的に「やまおやじ」だと思い、名付けたそうです。 雑木林は、維持管理も大変なこともあり、年々減っている中で、人が管理をして自然を作っていく、まさに里山的な場所の一つだと思います。これらがなくなることへの危機感もお持ちでいらっしゃることから、自ら購入して保全活動に取り組んでいます。 今回、≪やまおやじ≫の作品もそうですが、雑木林の四季の移ろいとそこで暮らす生き物や動物の写真も展示しています。今森さんのキャリアは、昆虫の写真を撮影するところから始まっていることもあり、生き物の写真を撮影するのが上手です。愛を持って撮影しているということが、写真を通して伝わってくると思います。
今森光彦≪ヤマウルシの紅葉とオオカマキリの影≫1985年 ©Mitsuhiko Imamori
──ありがとうございます。「萌木の国」というタイトルにはどんな想いが込められているのでしょうか。
「萌木の国」もまた、雑木林に対して今森さんが名付けた名前です。クヌギの木を切って、そこからまた芽吹いて立派な木になっていくというサイクルがあります。切っても切っても、また萌え出ていくイメージから「萌木の国」という名前が付けられました。
第3章 光の田園
──第2章「萌木の国」のご説明ありがとうございました。第3章「光の田園」はどんな内容なのでしょうか。
第3章「光の田園」展示風景 画像提供:滋賀県立美術館
今森さんは、学生時代から海外にも足を運び写真を撮られていました。19歳のときに訪問した、インドネシアのスラウェシ島とバリのアグン山を囲む田園の風景にとても感動したそうです。滋賀県に戻ってきた際、「ここにも同じ風景がある」と感じたそうで、改めて滋賀県に同じ田園の風景を見出しました。
そういう意味でも、滋賀県の田園は、今森さんの写真の原風景とも言えます。
今回、棚田の写真を展示するにあたっては、今森さんの撮影する棚田の表現の幅を感じていただきたく、棚田の移り変わる風景やさまざまな色彩を持った棚田の写真を選ばせてもらっています。非常に大きな作品もあるので、展示会場で観ていただくと、より見ごたえがあると思います。
また、他の章とも共通していますが、自然の中で生きている生き物の姿の写真も合わせて展示しているので、こちらの鑑賞も楽しんでいただきたいです。
──展示会場で見ると、とても迫力がありそうです。第3章で、注目してほしい作品はありますか。
≪朝焼けの棚田≫という作品をご紹介します。
今森光彦《朝焼けの棚田》 1986年 ©️Mitsuhiko Imamori
鍬を持った農家の方が映っていたりするのですが、棚田は、人が作った自然で、非常に人為的なものですよね。そういう意味でも、今森さんの自然(じねん)の概念や里山的な風景が、棚田にはよく現れている思います。
棚田は季節によっても、色彩が変わっていきます。この作品に限らず、棚田の表情をとても上手に捉えた写真ばかりで、どれも美しいので、ぜひ会場で見ていただきたいです。
第4章 湖辺の暮らし
──第3章「萌木の国」のご説明ありがとうございました。第4章「湖辺の暮らし」はどんな内容なのでしょうか。
第4章「湖辺の暮らし」展示風景 画像提供:滋賀県立美術館
今森さんは、『里山物語』という写真集を出版した後、『湖辺』という写真集も出版しています。滋賀県の里山は琵琶湖水系というように、琵琶湖に流れゆく水でつながっています。この写真集は琵琶湖を中心とした滋賀の里山をイメージして制作されました。
今回の展覧会全体に、影響を与えている写真集です。
今森さんが改めて琵琶湖に目を向けるきっかけになったのが、福沢常一さんと田中三五郎さんという2人の漁師との出会いだと今森さんはおっしゃっています。
──そうなのですね。今森さんは、2人の漁師の方とはどのようにして出会い、また、その出会いはどんな意味があったのでしょうか。
お二人とは今森さんが、滋賀の里山に通い出して10年ぐらい過ぎた頃、同じ時期に、それぞれ別の場所で偶然出会ったそうです。
その後も、長い期間、二人の場所へ通い、プライベートでも仲良くなったそうです。こういうエピソードからも今森さんがフィールドに深く分け入ってから写真を撮るタイプの写真家だということがわかります。
だからこそ、写真にも、湖辺での暮らしが、とても丁寧に映し出されているのだと思います。
──運命的な出会いですね!偶然にも出会ったということですが、実際にお二人が暮らすところはどんな場所なのでしょうか。
高島市新旭町針江地区というところで、街の中に張り巡らされた水路からの水をそのまま生活用水として使用しています。このシステムは「かばた」と呼ばれています。
生活用水なので、ご飯を食べた後の食器を洗うのも、毎朝の顔を洗うのも、この水を使用しているんです。
第4章「湖辺の暮らし」では、人々が水とそこに住む生き物と共存し、暮らしている様を見ることができます。
──なるほど。お二人との出会い、そしてこの「かばた」での暮らしを今森さんはどのように感じているのでしょうか。
今森さんは「かばた」での思い出を「水の匂い」とともに語っています。要約すると、それは人間と生き物の営みが複雑に混ざり合った、里山を象徴する匂いです。
この章の《船着き場の朝》という作品は、この展示のメインイメージとして、ポスターにも使用しています。自然と人が共存する風景として、今回の展示にぴったりのイメージだと思います。
今森光彦《船着き場の朝》2000年 ©️Mitsuhiko Imamori
──芦髙さんも「かばた」へ足を運んだとお伺いしました。「里山を象徴する匂い」ということですが、実際に足を運んでみて、どのように感じましたか。
とにかく、水の透明度に感動しました。実際に生活用水として使用するということで、水が濁っていくと思っていたんです。ですが「かばた」は、水の循環がとてもうまくいっていて、綺麗なままなんですよね。
今森光彦《野菜を洗う人》 1999年 ©️Mitsuhiko Imamori
水路から鯉が泳いできて、付け置きされたご飯粒のついた鍋を鯉がつついていたり。生き物と人の営みが合致していて、ある意味これが本当の里山的な風景と言えるんだろうなと思いました。
今森光彦《かばたの井戸》 1998年 ©️Mitsuhiko Imamori
第5章 くゆるヨシ原
──第4章「湖辺の暮らし」のご説明ありがとうございました。第5章「くゆるヨシ原」はどんな内容なのでしょうか。
第5章「くゆるヨシ原」展示風景 画像提供:滋賀県立美術館
第5章「くゆるヨシ原」では、高島市新旭町と近江八幡市の水郷地帯であるヨシ原の写真群で構成した展示となっています。
ヨシ原は、滋賀県の注目すべき風景の一つです。その中に「ヨシ焼き」というものがあり、早春の風物詩と言われています。
冬に、ヨシ刈りを経て現れる、3メートルほどの高さがあるヨシで作られた円錐形の物体は「円立て」と呼ばれ、ユーモラスな形をしています。このヨシ刈りの後に行われるのがヨシ焼きです。
今森光彦《冬のヨシ原》 1996年 ©️Mitsuhiko Imamori
ヨシ焼きの跡地には、2週間もするとさまざまな植物たちが芽吹きだします。ヨシ焼きを行う土地は、どんどん減ってきていますが、人の営みと生命の循環が組み合わさった風景でもあります。 そういう意味でも、こうした風景を残すため、今森さんは写真を撮られているんだと思います。
──「くゆるヨシ原」というタイトルは、そういったヨシ原のイメージをもとに付けられたということでしょうか。
そうですね。さまざまなタイトル案がある中で、写真を見ながら、ヨシ原が風に揺られているといったイメージを持ちました。ヨシ焼きの煙が上がっていくところに、里山の匂いを感じられると思い、匂い立つイメージと揺れているイメージを合わせて「くゆるヨシ原」とさせていただきました。
──ヨシ焼きの写真がやはり印象深いですね。
今森光彦《ヨシ焼き》1998年 ©️Mitsuhiko Imamori
炎が力強く燃え上がる様子の写真が撮られています。先ほどもお伝えしましたが、ヨシ焼きが重要な人の営みとして自然のサイクルの中に組み込まれています。
印象的な写真が多く、展示会場で見ると、とてもインパクトがあります。実際のプリントで、空間体験として、見ていただければ嬉しいです。
第6章 還るところ
──第5章「くゆるヨシ原」のご説明ありがとうございました。最後になりますが、第6章「還るところ」はどんな内容なのでしょうか。
第6章「還るところ」展示風景 画像提供:滋賀県立美術館
「還るところ」と題した第6章では、主に琵琶湖の写真を展示しています。章の構成として、第1章の奥山から下った水の流れは、琵琶湖へ向かいます。さまざまな色彩を持った、琵琶湖の景色をこの章では楽しめると思います。
山々から下った水の流れは、実は琵琶湖で終わりというわけではありません。
琵琶湖は、寒暖差によって、表面の水と底の水が入れ替わる「琵琶湖の深呼吸」という現象が起こります。琵琶湖という広大な水の器の中でも循環が起こっていて、水は、湖の表面から時間をかけて、大気へと昇り、山々へ還っていきます。
この章の最後に≪光る湖面≫という作品を展示しているのですが、水の循環や水の粒子を感じられるものにしたいと、この作品を選ばせていただきました。
今森光彦《光る湖面》 2001年 ©️Mitsuhiko Imamori
──琵琶湖にもさまざまな表情があるのですね。
そうですね。琵琶湖にもこんな景色があるんだということを、県外の方はもちろんのこと、改めて、滋賀県在住の方にも知っていただきたいと思います。
今森光彦《オナガガモの群れ》 2002年 ©️Mitsuhiko Imamori
多角的に里山に触れて、里山を考えるきっかけに
──第1章から第6章までの解説、ありがとうございました。本展を見に来てくださる方へ、芦髙さんからメッセージをお願いします。
今森さんは、里山シリーズを1990年代から撮り続けている写真家です。今回、展覧会という形で、この里山シリーズを一挙にご覧いただけるとても貴重な機会となっています。また92点中91点は、この展覧会のために新たにプリントしたものです。プリントで見る写真は写真集で見るのとはまた違った魅力があります。実際に足を運んで見ていただきたいです。
また、里山の写真とともに、今森さんの言葉も合わせて展示しています。里山と里山に関するメッセージを受け取っていただき、自然との関わりや向き合い方について考える機会になったらいいなと思います。
そのほかにも、本展に合わせて、切り絵の子ども向けワークショップなども予定しています。今森さんは切り絵作家でもあり、切り絵の作品集も出されています。館内にある「ラボ」というスペースでは、今森さんの切り絵作品も展示しており、お子様のいるご家族にも楽しんでいただけると思います。
そういう意味でも、多角的に里山に触れて楽しんでもらえる展示になっていると思うので、多くの方に来館していただければ嬉しいです。
──ありがとうございます。最後となりますが、改めて、滋賀県にとって今森さんの存在とは、そして、滋賀県立美術館で本展を開催する意味について教えてください。
今森さんは、故郷である滋賀にアトリエを構え、長年里山の写真を撮り続けています。また里山という概念を広めるきっかけにもなった写真家でもあります。写真だけでなく、里山づくりや子どもに里山体験をしてもらうといった活動をおこなうなど滋賀県の自然環境を昔からとても考えていらっしゃる方です。
滋賀県にとっても重要な作家であり、自然と人との関係を改めて考えるという意味でも今森さんを取り上げることは、とても意義深いことだと感じています。
──滋賀県の里山について、考えさせられるインタビューでした。芦髙さん、ありがとうございました!
滋賀県立美術館では、9月18日(月・祝)まで企画展「今森光彦 里山 水の匂いのするところ」を開催中。滋賀県出身の写真家・今森光彦氏が長年撮影し続けた、滋賀県の里山に宿る、多様な生態系と水の循環を、ぜひ展示を通して体感してみてはいかがでしょうか。
滋賀県立美術館の詳細は、以下をご覧ください。
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会期:2023年7月8日(土)~9月18日(月・祝)
会場:滋賀県立美術館
所在地:滋賀県大津市瀬田南大萱町1740−1
アクセス:JR琵琶湖線・瀬田駅で下車。路線バスに乗り換え、「県立図書館・美術館前」または「文化ゾーン前」で下車(時間帯によって停車するバス停が異なり、昼間は「県立図書館・美術館前」に、朝夕は「文化ゾーン前」に停まります)瀬田駅から約10分、バス停から徒歩約5分
開館時間:9:30~17:00(入場は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)
観覧料:一般1,200円(1,000円)、高校生・大学生800円(600円)、小学生・中学生600円(450円)
※( )内は20名以上の団体料金
※企画展のチケットで展示室1・2で同時開催している常設展も無料で観覧可
※未就学児は無料
※身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳をお持ちの方は無料
電話番号:077-543-2111
HP:https://www.shigamuseum.jp/
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