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ギルガメシュ叙事詩研究の第一人者に本当のギルガメシュ像について聞いてみた

東京 池袋

Pokkeでコレクション展の音声ガイドや、さらに今回朗読ギルガメシュ叙事詩を制作している古代オリエント博物館。その館長月本昭男氏は、ギルガメシュ叙事詩研究の第一人者とのこと!そこで今回はギルガメシュという人物の魅力や素顔、そしてギルガメシュ叙事詩について月本館長にお話を伺ってきました。

◆プロフィール
月本 昭男(つきもと あきお、1948年5月20日 – )
古代オリエント博物館館長。日本のアッシリア学者、聖書学者、宗教学者。上智大学神学部神学科特任教授。立教大学文学部キリスト教学科名誉教授。著書に『古代メソポタミアの神話と儀礼』『詩篇の思想と信仰』『旧約聖書に見るユーモアとアイロニー』『この世界の成り立ちについて 太古の文書を読む』等多数。翻訳に『ギルガメシュ叙事詩』『創世記』など

ギルガメシュは実在の人物!?

インタビュアー: 「ギルガメシュというと、最近ではゲームやアニメでもよく登場する人気のキャラクターです。」

月本館長: 「ええ、子供でもギルガメシュの名前を知っていて驚いたことがあります。アニメなどではどのように描かれているのですか?」

インタビュアー: 「作品によって違いますが、人類最古の王様あるいは英雄として描かれることが多いようですね。ギルガメシュは、実際に人類史上最初の王様だったのでしょうか。」

月本館長: 「いえ、最初ではありません。最初の王が誰かというのは実は分からないんですけど、エジプトではナルメル王という人物が最古の王の一人として伝えられていますね。メソポタミアだと、紀元前2000年頃までをシュメール時代というのですが、シュメール時代の初期はそれぞれの都市が王を戴く都市国家時代でした。ギルガメシュはそのなかでも最古のウルクという都市の王です。

そうした都市国家の王達の名を連ねた王名表が楔型文字文書に残っていまして、それを見る限りではギルガメシュは最初の方ではありません。
しかし、当時の有力な王の一人だったとは言えますし、後代までウルクの王として名前が伝えられたので、そういう点で伝説的な王だったと思います。」

インタビュアー: 「ギルガメシュは実在の人物だったのですか?」

月本館長: 「断言はできませんが、紀元前2500年代に実在していた可能性が非常に高いといえます。可能性と言いましたのは、証明されていないからです。メソポタミアでは、それよりも700年くらい前に文字が考案されましたが、ギルガメシュが直接残した文章や碑文というのは残っていないんです。
ところがギルガメシュと戦ったとされる、キシュという都市の支配者アッカという人物は実在したことが分かっているんです。したがって、ギルガメシュも実在の人物であった可能性が高いのですが、直接的な証拠は見つかっていません。」

インタビュアー: 「なるほど。それではギルガメシュ叙事詩が書かれたのはいつ頃なのでしょうか」

月本館長: 「ギルガメシュが亡くなってからですが、神として祀られたり、ギルガメシュを巡る物語がいくつも作られたんです。その物語が編集されてギルガメシュを主人公とする一つの長い物語ができました。これがギルガメシュ叙事詩です。紀元前の1800年頃のことです。」

インタビュアー: 「モデルになったギルガメシュが紀元前2500年頃に恐らく生きていて、その700年後に物語がまとめられたということですね。」

 

ギルガメシュ叙事詩は1500年以上読まれていた
最古のベストセラー!?

月本館長:「メソポタミアでは楔形文字を使いましたが、ギルガメシュ叙事詩を記した最も古い書板は紀元前1800年頃のものです。最も新しい書板は紀元前の200年代です。つまり、古代のメソポタミアではギルガメシュ叙事詩は1700年にわたって読み続けられていたベストセラーなんですね。

どこで見つかったかというと、ギルガメシュがいたウルクでも発見されていますが、最も多くの書板が発見されたのはイラクのニネヴェという大都市の図書館です。

英国の発掘調査隊が発掘して、3万点以上に及ぶ粘土板を大英博物館に運び込んだのですけど、その中にギルガメシュ叙事詩がありました。その他にもトルコ半島にできたヒッタイトという国の人たちもギルガメシュ叙事詩をヒッタイト語に訳しているんですね。イスラエルの遺跡でもギルガメシュ叙事詩が見つかっています。

つまり、当時の西アジア全域で読まれているわけです。そして1500年以上にわたって読まれていたわけですから、ギルガメシュ叙事詩は古代メソポタミアのベストセラーであり、ロングセラーなんですね。」

3分で分かるギルガメシュ叙事詩のあらすじ!

ギルガメシュとエンキドゥの熱血友情物語

月本館長:
「それでは物語について簡単にお話ししましょう。

ギルガメシュはウルクという都市の支配者でしたが、一言でいうと暴君でした。例えば市民が結婚すると、結婚式にしゃしゃり出ていって花嫁に対して初夜権を行使したりするわけです。これはたまったもんじゃないということで、ウルクの市民たちは神々にギルガメシュを訴えるわけです。

すると、神々はエンキドゥというギルガメシュのライバルを用意します。ウルクの町にやってきたエンキドゥはギルガメシュと格闘することになり、お互いに死力を尽くして戦います。しかし最後まで雌雄は決せず、疲れ果てた二人の間に深い友情が芽生えるんですね。

この二人の友情物語が、ギルガメシュ叙事詩の前半のテーマなんです。
人類の物語の歴史でいえば、ギルガメシュ叙事詩は友情をテーマに扱った最初の作品だと言えます。」

二人はレバノン杉を伐採しに行くことに

月本館長:
「レバノン杉が生える山には怪物フンババがいるという噂を二人は耳にします。
そんな恐ろしいところには行けないと主張するエンキドゥに対し、ギルガメシュはこう言うのです。

人間はいずれ死ぬのだから一体何を恐れるというのだ、
勇猛果敢に戦って死んでも、後世に名を残せば、それでよいではないか、と。

そうして、杉の森へと到着した二人ですが、ついに現れた怪物フンババが恐ろしい唸り声を一声あげると、ギルガメシュは尻込みしてしまって動けません。

逆にエンキドゥが彼を奮い立たせ、最後はフンババを退治し、レバノン杉を伐採してからウルクに戻るのですね。

これが最初の大きなエピソードです。」

親友エンキドゥの死をきっかけに死の恐怖にとらわれる、、、

月本館長:
「二人が都市に帰還すると、愛と戦いの女神イシュタルは恋心を抱き、ギルガメシュに言い寄るのです。

イシュタルは「あなたは私の夫になるのよ」とギルガメシュに囁きます。
しかしギルガメシュは、イシュタルからの告白をきっぱりと断るのです。

イシュタルよ、あなたは今まで多くの男を愛してきたが、愛された男たちは最後に蝦蟇や狼に変えられてなってしまった。自分はそんな目に会いたくないと言って、ギルガメシュはイシュタルを様々な言葉で罵倒したのです。

イシュタルはそれにカンカンに怒り、天上の神々の世界に戻り、ギルガメシュとエンキドゥを懲らしめるために「天牛」を下しました。しかし、ギルガメシュとエンキドゥは力を合わせてこれを倒してしまうのです。

それを見て、二人が力を合わせると何をしでかすかわからないと恐れた神々は、二人のうちどちらかが死ななければならないと決めたのです。

神々の議論の結果、エンキドゥが死ぬことになりました。
そうとは知らない下界ではエンキドゥが死に至る病にかかり、ギルガメシュは愛する友が死んでいく様を目の当たりにします。

ギルガメシュはそれまで死をものともしない生き方を豪語していたのですが、このときから死の恐怖に取りつかれていくんですね。

そして、彼は不死を求めて旅に出るんです。」

死を克服する旅の果てに、、、

月本館長:
「旅の目的は、かつて神々に召された人物に会うことです。
永遠の生を実現したこの人物に会えれば、死をこえる方法が分かるのではないかと考えたわけですね。
ギルガメシュはボロボロになりながらも常に愛する友のことを思い起こしながら、厳しい旅を続けていきました。

そして、旅の最後に辿りついた海辺でシドゥリという女神に出会います。
彼女はギルガメシュに次のように語りました。

「お前が探し求めている永遠の命を生み出すことはできない。神々は人間を救い、死を与えた。それゆえ、永遠に生きることなど考えず、その日その日を楽しむことだ。子供に目をかけ、妻を膝で喜ばし、人々を招いて宴会を開くこと。これこそが人間のなすべき務めなのだから」と。

しかし、死の恐怖に囚われていたギルガメシュにとってその言葉は受け入れられるものではありませんでした。

その後、彼は「死の海」を越えて、神々に召された人物ウトナピシュティムに出会います。

しかし、彼からも同じように、人間は永遠には生きられないのだと諭されます。
ウトナピシュティムは、自分が神に召され、不死となった理由を話してくれましたが、それは例外中の例外であり、人間はいずれ死ななければならないのだ、と。

ちなみに彼が不死となった理由は、箱舟を作って人類と動物を大洪水から守った功績によるものです。つまり、旧約聖書のノアの箱舟の物語の原型となった話の主人公なんですね。

それでも諦められずにいるギルガメシュに、ウトナピシュティムの妻は「こんなにボロボロになって来ているのだから、教えてあげなさいよ」と助け舟を出します。

そこでウトナピシュティムは、「老いた人が若返る」という草のありかを教えました。それは「死の海」の底にあると。そうして、ギルガメシュはその草を手に入れるのです。

草を手に入れたギルガメシュは自分の都市ウルクに戻ろうとするのですが、西アジアの乾燥地帯ですから、オアシスで水浴びをしました。そのとき、うかつにも、その草を岸辺に置いたままにしてしまったんですね。

そして、その場所に戻った時には既にその草は無く、横たわるヘビの抜け殻だけがそこにあったと。」

 

ギルガメシュ叙事詩は一体何を伝えているのか!?

月本館長:
「ここまででこの物語は終わっているのです。

では、この物語は一体何がテーマなのか。その答えは書かれていないので、読み手が読み取るしかないんです。

しかし、テーマらしきものは大きく3つくらいあります。一つは英雄たちの友情。
しかも、一方が死ぬことによって友情が絶たれる。しかし、友情が絶たれてもなお友人のことを思い起こすのです。

二つ目は、人間は死を避けられないが、死ぬべき人間はいかにして生きていけばいいのか、という主題ですね。はじめに、勇猛果敢に戦い、死をものともしない英雄的な生き方が提示されますが、ギルガメシュは友の死をきっかけにして、そうした生き方を超えて人間を襲う死の恐怖にとりつかれます。永遠の生への憧れですね。

最後には、人間は永遠に生きられないのだから、その日その日を楽しめばいい、という人生観です。子供を手に取り、妻を膝で喜ばせるというのが人間の生き方だ、と語られます。さらに、人間は永遠には生きられないけど、神を祀ることによって不慮の死だけは避けることができる、とも。
ギルガメシュ叙事詩には、このような人生観が素朴な表現でちりばめられているのですね。

作品として面白いところは、こうした人生観のなかでどういう生き方がよい、などと押し付けないことです。読者は自分で考えよ、といわんばかりに突き放すのですね。

他にも、ギルガメシュの人間として成長していくプロセスを描いているのだという意見もあります。ギルガメシュは三分の二は神だと言われていますが、物語のあらすじを聞いてお分かりかと思いますが、明らかに人間として描かれています。

しかし、古代の人たちはそれに釈然としないところがあったらしいのです。人間は誰でも死ぬのはわかっている。ならば、死後、人間はどうなるのか知りたいのだ、と。

そこで、ギルガメシュ叙事詩の最後にギルガメシュとエンキドゥが、死後、人はあの世でどうなるのか、ということを語り合うくだりが付け足されました。それによれば、人は死ねば死霊となって冥界に行く。そこで幸せな死後の世界を享受できるかどうかは、地上に残してきた人達が死者の供養を滞りなく行うかどうかにかかっている、というのです。

これがギルガメシュ叙事詩の大まかな内容です。」

 

一体だれが書いた!?

インタビュアー:
「ギルガメシュ叙事詩には作者はいるのですか?」

月本館長:
「古代の西アジアの文書には、今のような著作権もないですし、書物を出して売れたからといってお金が入るというものでもないので、誰が書いたかというのは分かりません。

紀元前1200年以降のギルガメシュ叙事詩は標準版と言われているのですが、その標準版を最初にまとめた人の名前はわかっています。その人の名前は、シン・レキ・ウニンニといい、それまでのギルガメシュの物語を多少の編集を加えて標準版としてまとめたのですね。」

 

ギルガメシュ叙事詩のエピソードの元ネタは?

インタビュアー:
「この話は実在していたギルガメシュの行動がもとになっているのでしょうか?怪物退治も実際にはどこかの国や部族と戦ったということですか?」

月本館長:「メソポタミアは、エジプトと並んで最も古い文明が栄えた場所なのですが、実は森が無いのです。エジプトもメソポタミアも良い建材が採れないため、王たちはレバノンに良質の杉材を採りに行くんですね。

ですから、フンババを退治にレバノンの杉の森に遠征するエピソードなどは、古代においてメソポタミア王たちがレバノンまで遠征に行ってレバノン杉を伐採し持ち帰ってくるということを背景にしていますね。

レバノンの怪物フンババを退治という話は、さらに、古代の森林破壊という問題にもつながっています。
当時はまだ森が残っていたと思いますが、現在はレバノン杉に覆われた原生林は無くなってしまっているんですね。」

 

ギルガメシュがモデルになった理由は!?

インタビュアー:
「他にもたくさんの王がいたなかで、ギルガメシュが物語として残ったのは何故なのでしょうか。」

月本館長:
「どうしてでしょうか。恐らく、ウルクという都市に伝えられた、ギルガメシュを巡る物語が非常に個性的だったからでしょうか。はじめは暴君でしたが、友人の死を目の当たりにして、死の恐怖にとりつかれるのですからね。

インタビュアー:
「カリスマ性もあったんですね。」

月本館長:
「はい。それからですね、ギルガメシュが建てたというウルクの城壁が後世にまで残っていました。城壁をどれだけ壮麗なものにするのかというのが支配者の腕の見せどころなのですが、ギルガメシュはウルクの城壁を非常に美しく作ったと伝えられていますし、イシュタルや他の神の神殿跡も残されております。暴君ではあるけれど、ウルクの都市をより強い都市国家にした王として様々な言い伝えが残ったのであろう、と思われます。」

 

ギルガメシュ叙事詩は最古の物語!?

インタビュアー:
「ギルガメシュ叙事詩が重要なのは物語として最も古いものだからですか?」

月本館長:
「何を物語とするかによりますね。
ギルガメシュ叙事詩より古い物語はありますが、人間が主人公となり、人間味溢れる物語としては最も古い物語の一つといってよいのではないでしょうか。」

インタビュアー:
「神話ではなく、物語としてですか。」

月本館長:
「ギルガメシュ叙事詩が神話なのか、英雄物語なのかは判断が難しいですね。古くはギルガメシュ神話と呼ばれていたこともありました。

ギルガメシュの父親はルガルバンダと言って、彼もまたウルクの王と伝えられるのですが、彼をめぐる物語も残されているのです。
ですから、より正確に言えば、ギルガメシュ叙事詩が最も古い物語ではありません。
もう少し古い物語も残っています。

読むもの聴くものを非常に楽しませてくれる物語として、また、死ぬべき人間が、また培われる友情がテーマになっているという意味では、ギルガメシュ叙事詩は優れた最古の文学作品だと言えるのではないでしょうか。」

 

最後に

インタビュアー:「最後にオリエント博物館の見どころを教えて下さい。」

月本館長:「古代メソポタミアに限れば、一つは、紀元前の3200年頃に人類最古の文字がメソポタミアで考案され、楔形文字として発展するのですが、その楔形文字が記された粘土書板を見てほしいと思います。人類は、文字を考案することによって、記録を取り、記録を取ることによって、計画性のある社会を発展させました。また、文字によって情報が正確に伝わりますね。それによって、人類の文明は飛躍的に進歩したのですね。それまでに既に長い歴史がありましたが、文字を通して人類の文明というのが一段階ステップアップしたのですね。

もう一つは、メソポタミアなどは色々な点で契約社会だったということです。レプリカが展示されているハンムラビ法典には、女性を娶っても、契約を結ばなければ、その女性は妻ではない、と記されています。結婚までもが契約だったのです。契約の時に使用するハンコが作られ、それが粘土の書板に捺されたのです。小さな円筒型の石の側面に細かな彫刻が施されています。これを円筒印章と呼びますが、とても小さいのでつい見落としてしまうのですが、じっくりとご覧になると、こんな硬い石にこんなに見事な造形が施されているのか、と驚かれると思います。

それから、古い土器にみられる古代人の造形力にも注目です。ちょっとしたユーモア、センスも見て頂きたいと思います。」

インタビュアー:「ありがとうございました。」

 

朗読ギルガメシュ叙事詩

今回、ギルガメシュ叙事詩研究の権威であり、同館館長の月本昭男の訳『ギルガメシュ王の物語【ラピス・ラズリ版】』を同館監修のもとに再編集し、約1時間超のオーディオブックとしてまとめました。常設展示の公式音声ガイドを担当した声優の関智一さんが声を吹き込んでいます。

伝説の王ギルガメシュをめぐる濃密な物語が、関智一さんの迫真の語りによって紡がれます。

「友よ、なぜあなたの眼は涙で溢れるのか」
「ウルクの男たちよ、勇気を知る者たちよ。わたしは、恐ろしいフンババに立ち向かう。わたしを祝福せよ。」
「わたしは、あらゆる困難の道を歩んだ。わたしを死後も思い起こし、忘れないでくれ、わたしが、あなたと共に歩み続けたことを」 本文より抜粋

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