Pokkeインタビュー #001
本当は面白いインド神話とは?~聖書との意外な類似点~ヒンドゥーの神々の物語展特別インタビューPart.1
2022年7月16日(土)から9月11日(日)まで、岡山オリエント美術館にて特別展『ヒンドゥーの神々の物語』が開催されます。本展では、ヒンドゥーの神々に焦点をあて、古くは先史インダスの出土品や女神像にはじまり、17世紀以降の優美なインド更紗やガラス絵、民俗画などなど、約500点が出品されます。全3回に渡るこのインタビューでは、岡山市立オリエント美術館の学芸員である須藤寛史氏にインド神話の魅力について伺いました。第1回インタビューでは、インド神話の主要な神様や成り立ち、キリスト教の聖書との意外な類似点について伺いました。
「ヒンドゥーの神々の物語展」特別インタビュー
- Part1 本当は面白いインド神話とは?~聖書との意外な類似点~
- Part2 圧倒的スケールが魅力のインド神話を学芸員が解説!
- Part3 ラピュタやドラゴンボールの原型?現代作品に繋がる神話のプロット
ゲストプロフィール
インド神話の神様を知ればもっと楽しめる
── 今回、開催されている特別展「ヒンドゥーの神々の物語」に行く際に、事前に知っておくと面白くなる知識やポイントがあれば教えてください。
インド神話のストーリーをいくつか知っておくといいかもしれません。今回展示される作品は神話の一場面を描いているものが多いので、そのエピソードを知っていればより楽しめると思います。
もちろん事前に知っていなくても音声ガイドや展示場の解説パネルなどで解説していますので、それらを視聴しながら作品を鑑賞いただくとより楽しめるかと思います。
── インド神話というと、三大神と呼ばれるブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌが登場しますが、それぞれの神様について教えてもらえますでしょうか。
ブラフマーは創造神でとても重要なのですが、それだけに近寄りがたいものがあるからなのか、庶民にはあまり人気がなく、本展でもブラフマーを描いた作品はあまりありません。ですので、ヴィシュヌとシヴァについて知っていれば、かなりの部分を楽しめるかなと思います。
“ 破壊と再生の神シヴァは1000を超える異名を持つ多彩な神だった ”
シヴァは破壊神とされていますが、同時に再生の神様でもあります。踊りの神様として踊っている様子が良く描かれますが、この踊りは破壊と再生の踊りなんです。踊っているシヴァはナタラージャという異名で呼ばれます。
踊るシヴァ(ナタラージャ) インド 20 世紀前半 69.7×49.6 cm 福岡アジア美術館
また、瞑想している姿もよく描かれます。シヴァは修行熱心な神様としても知られていて、よくトラの皮の上にあぐらをかいて瞑想している様子が描かれます。シヴァの妻はパールヴァティーです。シヴァは修行に集中していてパールヴァティには目もくれませんでした。そこでパールヴァティーはシヴァのそばで修行をすることにします。そしてパールヴァティーのシヴァを思う心に触れ、二人は結ばれました。
シヴァとパールヴァティーとガネーシャ インド 20 世紀前半 52.6×39.8 cm 福岡アジア美術館
このようにシヴァという神は、多彩な面を持っているんですね。シヴァにはその多様な性質を示す異名が1000を超えると言われています。
“ ヴィシュヌ神は人間の姿で地上に降り立つ ”
ヴィシュヌでよく知られているものにアヴァターラー=化身というものがあります。
ヴィシュヌは維持の神様で、世界が危機に陥ったときにいろんな姿に化身して地上に降り立ってくるといわれています。
ヴィシュヌの 10 の化身 ローナーヴラー 1920 年代 35.3×24.9 cm 福岡アジア美術館 ( 黒田豊コレクション )
ヒンドゥー神話で人気のクリシュナはヴィシュヌの化身の一つということになっています。クリシュナは神様というより、神話学の世界ではトリックスターっていう言い方をされます。いたずら好きだったり、トラブルメーカーだったり、世界中の神話にそうしたクリシュナのようなトリックスター的な神様が見られます。
マハーバーラタという有名な叙事詩では、クリシュナは牛飼いの子として育ち、主人公のアルジュナと行動を共にします。しかし、あるときアルジュナが困難に陥ると、クリシュナは神としての本来の姿を顕現させて主人公を励ます、という場面があります。
ヴィシュヌの一切相(ヴィシュヴァールーパ) インド 1910 年頃 49.8×34.9 cm 福岡アジア美術館(黒田豊コレクション)
このような背景を知っていると、実際にこれらの場面を描いた絵を見てもより楽しめるのではないでしょうか。
インド神話のはじまりは自然崇拝から?
── インド神話とはどのような神話なのか、簡単に教えてください。
そうですね、インド神話とはつまりヒンドゥー教の神話のことですが、ヒンドゥー教という宗教自体がなかなかわかりづらいかもしれません。
例えば、ユダヤ教にはモーセ、キリスト教にはイエス、イスラームにはムハンマドという預言者がいました。彼らが伝えた神の言葉を記したのが聖書やコーランですね。信者たちはそこに記された唯一絶対の神の教えに従えば良い、という分かりやすいといえば分かりやすい宗教です。
しかし、ヒンドゥー教の場合、モーセやイエス、ムハンマドのような教祖という存在がいません。ヴィシュヌやクリシュナなどは、もともと各地方で信仰されていた土着の神です。そこにアーリア人が侵入してきてバラモン教をインドにもたらします。
しかし、やがて仏教が起こり流行しました。そこでバラモン教の担い手たちは各地方で人気の神様たちを取り込んでいったのです。それがヒンドゥー教と呼ばれるようになりました。そういった経緯で色々な地域の色々な神様を無理やり取り込んだので、インド神話には話の辻褄が合わないこともけっこうあります。
逆に言えば、そこがインド神話の面白いところでもあります。色々なエピソードが取り入れられているので、エンターテイメント性の高い荒唐無稽な物語もたくさんでてきます。
インド神話がエンターテイメント性の高い理由
インド神話に限らず、世界の各地に神話と呼ばれる物語がありますが、それらはだいたい当時の人々が自然現象や世の中を説明しようとしたものなんです。
なぜ嵐が起こるのか、なぜ干ばつが起こって人々が死んでいくのか、そうした自然現象を彼らが観察できた範囲で何とか説明しようとしたのが神話なんですね。
インド神話も始まりは同じだと思います。世の中の不思議なことやあるいは不条理なことを物語として理解しようとして伝わっているものが神話と呼ばれています。
神話という言葉は日本語では神という字が入るので神様の物語というイメージがありますが、英語では「myth」で別に神という意味は入っていないんですね。つまり、ただの物語っていうことなんですよね。
インド神話と聖書の意外な類似点
世界の神話には遠く離れたところでも似たようなエピソードが見られることがあります。
例えば、ヴィシュヌがクリシュナという姿を借りて地上に降り立ち、牛飼いの子として育てられるという話があります。どうして牛飼いの子なのかというと、元々クリシュナはインドのある国の王子として生まれるんです。ですが、クリシュナの叔父さんにあたる別の国の王様が、夢の中で、甥=クリシュナ にいつか殺されるというお告げを受けるんです。
それでお告げを恐れた王様がクリシュナと同じくらいの年頃の子供たちを皆殺しにしていくんですね。クリシュナのお父さんはこれを聞いて、クリシュナを牛飼いに預け、牛飼いの子として身を潜めながら成長するという設定なんですが、実はこれはイエス誕生の物語と似ているんです。
クリシュナの戯れ インド 1920 年代 35.5×24.9 cm 福岡アジア美術館 (黒田豊コレクション)
イエスが生まれたときに夜空に星が輝いたんですね。これに気付いた東方の三博士という賢者たちがイスラエル国のヘロデ王に会って伝えるわけです。夜空に明るく輝いた星は新しい王が誕生したことの目印だと。
ヘロデ王はそれは目出度いことだ、ぜひ新しい王となるその赤子を見つけ出してくれと言いいます。ですが、実は内心ヘロデ王にとって新しい王が生まれたら自分の立場が無くなるので困るわけです。
ですので、ヘロデ王はその年に生まれてくる赤ん坊を皆殺しにしていくんですね。そのことを天使の声で知ったイエスの両親、ヨセフとマリアは一度エジプトに逃げるんですね。
これがイエスの誕生にまつわる話なんですが、さきほどのクリシュナの話とよく似ていますよね。インドとイスラエルという全く別の地域でありながら、神話の構造が類似しているというのは不思議ですが、面白いですよね。
□特設サイトで情報発信中
URL:https://jp.pokke.in/hindu-guide/
□ヒンドゥーの神々の物語展 開催期間
■岡山市立オリエント美術館
2022/7/16(土)〜2022/9/11(日)
URL:https://www.city.okayama.jp/orientmuseum/
■古代オリエント博物館(東京池袋)
2022/9/23(金祝)〜2022/11/27(日)
URL:https://aom-tokyo.com/
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