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今も住居として使われている世界遺産マルケルス劇場の歴史と見どころ

古代ローマの3層アーチ型円形劇場

マルケルス劇場はアウグストゥス帝の時代に建てられた3層アーチ型の円形劇場で、世界遺産にも登録されています。

アウグストゥス帝が後継者の死を悼んで建てたアーチ型の円形劇場

マルケルス劇場はポンペイウス劇場についで大きな劇場で、1万5000人を収容できる規模があります。

ユリウス・カエサルの時代に建設が始まり、アウグストゥス帝によって完成され、紀元前17年には、すでにルーディ・セキュラレスのために使用されました。

紀元前13年か11年に、アウグストゥス帝により、甥であり娘の婿であったマルケルスを追悼し「マルケルス劇場」と名付けられました。

マルケルスは、アウグストゥス帝が、その有能さを見込み後継者候補として有望視していた人物でしたが、残念ながら19歳の若さで紀元前23年に他界していました。

ちなみに、「ルーディ・セキュラレス」とは、「世紀祭」すなわち、ローマ共和制の時代におよそ100年ごとに祝われてきた、ローマの伝統的な祭典です。

アウグストゥス帝も、新しい帝政の始まりを祝うため、「世紀祭」を開きます。

数週間に渡る祭で、その間には、「いけにえの儀式」としてユピテルやユノー、アポロ、ダイアナに捧げて数多くのヤギや牛、子豚などがいけにえにされました。

また、レース場では二頭立ての騎馬試合や、劇場ではギリシャ語とラテン語の喜劇が上演されたりしました。

ギリシャの劇場は自然の傾斜を利用して半円のカーブを建造しますが、ローマ市内にはギリシャほどの起伏がないため、もっぱら平地にアーチを多用した建造物が建設されました。

この劇場は、半円の観客席側の直径が130メートルもあります。

5世紀以降様々な用途で利用され、今も住居として使われている世界遺産

マルケルス劇場はもともと外観が3階建てで、1階はドリス式、2階がイオニア式の付け柱で飾られていたところまでは残っています。

3階はおそらくコリント式の付け柱で装飾されていたでしょう。

これは、のちにコロッセオ建設時に繰り返されます。内部は残っていません。

帝政期には様々な劇の上演に使われてきたこの劇場も、5世紀には、完全に見捨てられ、1階の半分までテヴェレ川の土砂で埋もれた状態になっていました。

他の古代遺跡と同じく、採石場であるかのように、使われていた石材は新たな教会や貴族の屋敷建設のために持って行かれてしまい、残った部分を土台とし、その上に中世期の貴族達が城塞を、さらにその後、住居を増築してしまいました。

1階部分は、今はアーチが元のように開けられていますが、ひどい時期にはその中に様々な露店がひしめき合っていたようです。

幸い、ムッソリーニの時代に、塞がれていたアーチは開けられ、ある程度元の姿がよみがえりました。 上層の住居は高級住宅として一般的に開放されており、今でも数家族が実際に住んでいるそうです。

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