世界遺産でもあるモデルニスモの傑作サン・パウ病院の歴史と見どころ
合理的、人間的、近代的を追求した建築
サン・パウ病院の起源は、約600年以上前までさかのぼります。
1401年にそれまであった6つの病院を統合して作られたのが始まりです。
当時は「サンタ・クレウ病院」と呼ばれ、バルセロナの中心地、現在ラバル地区と呼ばれているところに建てられました。
ゴシック様式のこの病院は、現在ではカタルーニャ図書館として使われています。
19世紀の終わりの著しい経済の発達と社会の変化、そして医学の進歩によって、それまでの病院が手狭になってしまい、新しい病院の建設が計画されたのです。
銀行家のパウ・ジルの遺産が寄贈されたことによって、新病院の建築が1905年に始まります。
このとき病院の名前に「サン・パウ」が付け加えられたのは、彼への感謝を込めたからです。
こうして始まったサン・パウ病院の建設ですが、中々計画はスムーズには進みません。
建築を担当したリュイス・ドメネク・イ・モンタネーが途中で亡くなり、計画は彼の息子が引継ぎました。
とうとう完成したのは、はじめの石を置いてから25年後の1930年のことでした。
リュイス・ドメネク・イ・モンタネーの「サン・パウ病院」に対する概念は「田園都市」です。
つまりバルセロナという都市の中に、独立した、自然と融合した小さな都市を患者のために作りたいと考えていました。
門を入って真正面に見えるのは管理棟と呼ばれている建物です。
この管理棟の正面は祭壇の飾りのようなもので、見た目のシンボルというだけではなく精神的シンボルという面も持っているのです。
建物の形はまるで両手を広げて、ここに来る全ての人々を歓迎するかのようです。
管理棟の右手に入り口があります。
受付をすませ進んでいくと四角い柱とアーチ状の天井のある広い空間にでます。
ここは病院の地下部分で当初は通路として建設されたましたが、1990年代には緊急外来としても使われていたところです。
このサン・パウ病院の庭園は美しいだけではなく、機能性も考慮してデザインされています。
周囲には、庭園が整然と配置されて、それぞれの病棟との往来がしやすいように設計されています。
自然の満ち溢れた空間を演出する木々や草花は、患者や家族への癒しの役割も持っていました。
患者がこの庭を散歩し屋外の空気を吸うことで、落ち着いてゆっくり静養できるようにという願いがこの庭園にはこめられています。
このように医療的視点から見ても、この庭園は必要不可欠な空間だったそうです。
管理棟へは、中庭に面した北側にある出入り口から入ります。
中へ入ると淡いピンク色をベースにした華やかな天井が迎えてくれます。
中庭を背にして右側に大小2つ階段があります。
奥の小さな階段から廊下の方へ進むと、左手のガラスから優しい光が廊下へ注ぎ込んできます。天井のデコレーションも素晴らしいです。
廊下の先には現在ホールとなっているパウ・ジル広間があり、美しいタイルの天井は必見です。
そこから廊下を戻り、「名誉の階段」と呼ばれているもう一つの階段から2階へ上がると、天井の見事なステンドグラスから入る光が、階段を穏やかに照らします。
2階にはこのサン・パウ病院で最も美しい場所ともいえるドメネク・イ・モンタネー広間があります。
施設情報
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