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ミラーリェス邸の石門

ダイナミックに波打つガウディの秀作

ガウディの隠れた名作 ミラーリェス邸の石門 - バルセロナ

バルセロナを観光するならば、サグラダ・ファミリアやカサ・ミラといったガウディの世界遺産建築を抜きには語れません。 ですが、実はガウディの作品はそうした有名どころ以外にもバルセロナに点在しています。 例えば、グエル公園と同時期に作られた「ミラーリェス邸の石門」。 あまり知られていないもののガウディの隠れた名作のひとつです。

ガウディの隠れた秀作「ミラーリェス邸の石門」

モデルニスモの巨匠、アントニオ・ガウディ。 彼が設計したミラーリェス邸の石門は20世紀の初頭、1901年に建てられました。 ミラーリェス邸の石門が位置するこのマヌエル・ジロナ通り。 バルセロナを北西から南東に通るディアゴナル通りから200メートル程北に位置します。 このあたりのサリア地区は、バルセロナの中心地からちょっと離れていますが閑静な住宅街として知られています。 また最寄り駅のマリア・クリスティーナ駅付近にはバルセロナの日本領事館もあります。 サグラダファミリアやグエル公園、カタルーニャ音楽堂などの彼の代表的な建物と比べると、ミラーリェス邸の門の知名度は今ひとつかもしれません。 しかし何気ない住宅街の風景に溶け込みながらも、ガウディらしい存在感が感じられる作品です。 「ミラーリェス邸の石門」と呼ばれるように、邸宅の方は現存しておらず、塀と石門のみが残っています。 邸宅に関しては、ガウディは設計図は残していたらしいと研究結果から推測されています。 しかし最終的にガウディが建設に関わったのは門のみです。

ガウディらしさが見られる特徴的な波打つ形

正面から門を眺めてみると、 そのダイナミックに波打っている様に目を引かれます。 実はこれでも建設当初の一部のみ。 もともと塀の長さは36メートルにも及ぶ大きなものでした。 屋根の波打つ曲線のラインは塀まで続いています。 この波状のラインは塀を上下左右に続き、視覚的にダイナミックな動きを生み出しています。 中央の大きなアーチ部分が気になりますが、こちらは昔の馬車の出入り口。 その隣にある小さな扉が歩行者用です。 歩行者用の扉の鉄柵にはさりげなく高度なテクニックが使われています。 通常は作業がしやすいように幅の広い方から曲げられる鉄材が、細い方から曲げられています。 この歩行者用出入り口の鉄柵は、長い間使われず開かずの扉となっていました。 その後修復され1999年11月13日に当時のバルセロナ市長が通り初めをしています。 壁を横から眺めてみると、波打つ様子がよくわかります。 まるで蛇のように曲線を描いている塀の上部の白っぽい部分には、以前は瓦がはられていました。 うろこのような模様の塀はセラミックレンガに砕石からできた材質で飾られています。 塀の上の鉄製の柵に注目です。 ガウディは柵の支柱をしっかりと固定させるため、本来見えない部分を3本に分けて強度を向上させていました。 柵の上のとげとげが魚のひれのような個性的なデザインの鉄柵部分は建設当時のオリジナルです。 次に中央の出入り口付近を見てみましょう。 屋根のひさしの部分がみどころです。 左右の長さが異なるアシンメトリーにもかかわらず、完全に調和がとれています。 このひさしは当時、前後でそれぞれ4.5メートル張り出していた大変大きなものでした。 しかし残念ながら、1965年のリフォーム時に撤去されてしまいます。 なぜなら当時の規制に違反して大きく道にはみ出してしまっていたからです。 現在のひさしは1977年の修復時に、再び設置されたものでオリジナルの約半分ほどのサイズになっています。 ひさしの上の瓦にも注目です。 向かって右側の方から眺めると上部の瓦が良く見えます。 亀の甲羅の形をしている瓦は1つが60センチ四方。 ガウディの依頼でこの瓦を制作したカサ・ロカーヤが、1977年の修復時にも瓦の制作を担当しました。 屋根の上にある鉄製の十字は一度失われ、1978年の修復時に復元されたレプリカです。 同じ形の十字がグエル公園とコロニア・グエル教会にもあります。 出入り口と歩行者用の小さな鉄柵の間に白い丸い部分があります。 ここには、ミラーリェス氏の名前を入れる予定でした。

もっと知りたい人はミラーリェス邸の石門のガイドを聴こう

ミラーリェス邸の石門の見どころはまだまだ続きます。 気になった方は現地でガイドを聴いてみましょう。

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