Pokkeインタビュー #005
「桜」という題材の表現の幅を楽しむ!展覧会の見どころを解説 第10回郷さくら美術館『桜花賞展』特別インタビュー
東京都目黒区にある、郷(さと)さくら美術館では、2023年3月7日(火)〜2023年5月14日(日)まで、第10回「桜花賞展」が開催されています。
画像提供:郷さくら美術館
本展は、今後活躍が期待される若手の日本画家30名が描いた、桜をテーマとした作品を公開する展覧会です。
Pokkeインタビューでは、郷さくら美術館の学芸員・依田恵(よだ・めぐみ)氏に、「桜花賞展」の見どころや、30作品の中から選出された、大賞・優秀賞・奨励賞の各作品について、解説していただきました。
ゲストプロフィール
日本画で描く、満開の桜を「郷さくら美術館」で
── 2023年3月7日(火)から、第10回「桜花賞展」を開催していると思いますが、まずはその前に、改めて「郷さくら美術館」について、ご紹介をお願いします。
「郷さくら美術館」は、現代日本画を鑑賞していただくための専門美術館として、2012年3月に、「郷さくら美術館」が東京都目黒区に開館しました。
郷さくら美術館外観,画像提供:郷さくら美術館
桜の季節には、大勢の花見客で賑わう目黒川のほとりに位置していることから、目黒川で本物の桜を鑑賞し、当館で日本画の桜を楽しむ方も、多くいらっしゃいます。
また、当館も「満開の桜を日本画で楽しんで頂く」をコンセプトとしていることから、桜がモチーフの屏風作品を含めた大作10数点を常設する展示室を設けています。
※冬季展覧会では桜の作品展示を行っていません。
──本物の桜と日本画で描かれる桜、両方を堪能できる桜の季節は、なんとも贅沢な時間を過ごせますね。現代日本画に特化した専門美術館とのことですが、取り扱っている作品や美術館の方針などについても教えてください。
昭和生まれ以降の、日本画家の作品を中心に取り扱っています。また、展覧会ごとにテーマを設定した「コレクション展」という形で、収蔵作品を一般公開しています。
過去「コレクション展」の様子,画像提供:郷さくら美術館
現代日本画に特化していることから、当館が現代日本画の魅力に触れていただく「場」となり、現場で活躍する日本画家の方々の支援に繋がるような活動をしていきたいと思っています。
また、才能のある新たな作家の発掘や育成にも務めていきたいと考えています。
※日本画についての解説は、郷さくら美術館「日本画について|WHAT IS NIHONGA」をご覧ください。
作家それぞれが、 今、生きている感覚を「桜」で表現する
第10回「桜花賞展」の概要について
『桜花賞展』の展示ギャラリー,画像提供:郷さくら美術館
──郷さくら美術館のご紹介、ありがとうございました。さて、第10回となる「桜花賞展」は一体、どんな展覧会なのでしょうか。
「桜花賞展」は、郷さくら美術館の開館1周年を記念して始まった展覧会です。新型コロナウイルス感染症での中止を経て、今年で10回目となります。
毎年、今後の活躍が期待される若手の日本画家30名に、桜をテーマに新作を描いていただき、その中から、各賞の該当者を選んでいます。
──30名全員が桜という一つの題材を描くということですが、その中から、大賞・優秀賞・奨励賞に選ばれるポイントは何かあるのですか。
日本画家である審査員の先生方も普段、桜を描かれていることから「桜を桜らしく描く」という点を重要視しています。
私は、桜は存在感があいまいな花だと感じています。花びらの薄さや散っていく姿、枝から幹、それら全てを含めて、桜という存在だと思っています。
こうした点を描けているものが、受賞作品として選ばれているように感じますね。
第10回「桜花賞展」受賞作品の解説と見どころ
──ありがとうございます。それでは、今回、大賞・優秀賞・奨励賞に選ばれた、各作品の解説と見どころを教えていただければと思います。
●大賞
作家名:工藤彩
作品名:桜の間
工藤彩《桜の間》,画像提供:郷さくら美術館
大賞に選ばれたのは、工藤彩先生の《桜の間》という作品です。
この作品は、一本の桜をズームアップして描いています。この桜は、工藤先生が普段歩いている道にある桜だそうです。根元には、さまざまな植物が描かれており、それらは別の命でありながらも、その多様な植物たちが、一本の桜と共生しているように感じたというところから、この作品を描いたそうです。
技法としては、全体がまとまるように、胡粉(※)を薄くふわっとかけ、桜の優しい雰囲気が出るように仕上げたとのことです。
(※)水干(すいひ)絵具のこと。粉状の絵具で、天然の土から作られるのは「黄土」。カキやハマグリから精製して作られるのは「胡粉」。画面の盛り上げ材としても使用できる。
──大賞に選ばれた《桜の間》は、枝や幹、見事に綺麗に咲く桜など、さきほどおっしゃっていた、”桜を桜らしく描いている”作品のように思います。依田さんが思う、この作品を鑑賞する上でのポイントなどがあれば教えてください。
作家の視点がとても面白いと思います。
工藤先生は普段、クラゲなどの海の生き物を描いているのですが、水生生物から桜へと視点を移したとき、「桜以外の他の植物たちも一つの生命体として生きている」といった、そのモチーフの選び方がとても良いと思いますね。
●優秀賞
作家名:三谷佳典
作品名:瞬刻
三谷佳典《瞬刻》,画像提供:郷さくら美術館
優秀賞に選ばれたのは、三谷佳典先生の《瞬刻》という作品です。
この作品は、一見するとコラージュしているように見えるのですが、実は一枚の絵として描かれています。
絵の中央の茶色い部分が切り取られた桜の枝です。そこに覆い被さるように桜の花びらが散っています。散っていく様子が、桜の浮遊感や儚さを表しています。
──優秀賞の《瞬刻》は、”桜を桜らしく描く”という点からすると、かなり珍しい印象を受けました。
そうですよね。この作品は、桜の描き方が独特だと思います。
「桜花賞展」は、さきほどお伝えしたように、全員が桜を描く展覧会です。桜の描き方を題材にしようとする方が多い中で、この作品は、あえて桜をほとんど描いていません。桜の関門的な部分をコンテンポラリーに表現しようとしているところが面白いと思います。
──つまり、あえて一般的なイメージの桜をほとんど描かず、桜の難所を上手に表現した点が評価され、優秀賞に選ばれたということでしょうか。
そうですね。色使いもそうですし、中央部分には、桜の枝が積み上がっていることも分かり、非常に優れた作品であるといえます。
これまでは、桜がきちんと描かれているものが優秀賞として選ばれていたのですが、この作品の構成の上手さが評価されたのではないかと思います。
●奨励賞は全部で5作品
作家名:宇城翔子
作品名:閑雅
宇城翔子《閑雅》,画像提供:郷さくら美術館
奨励賞の一つ目の作品は、宇城翔子先生の《閑雅》です。
宇城先生は、日々の何気ない生活の中の煌めきを見落とさないように、その美しさを描き続けていきたいと考えていらっしゃる方です。
《閑雅》の中で描かれている桜も、宇城先生がいつも歩く通りの近くにある桜並木にポツンと咲いている桜があり、それが気になってモチーフとして描いたとのことです。
──なるほど。宇城先生の、いつもの日常の中にある桜を作品に落とし込んだということですね。
そうですね。《閑雅》はいかにも桜という作品だと思いますが、桜を描いた視点というのが、やはり面白いなと感じています。作家の日々の生活に繋がる部分が桜を通して表現されているからです。
同じ桜を題材にしても、作家によって、何をどう描くのかが変わってくるので、毎年それを見るのが楽しみですね。
●奨励賞
作家名:鷹濱春奈
作品名:花の間の空
鷹濱春奈《花の間の空》,画像提供:郷さくら美術館
奨励賞二つ目の作品は、鷹濱春奈先生の《花の間の空》です。
この作品は、奈良県奈良市にある奈良公園の池のそばにある桜を描いたものです。桜を見上げたときに、池に手を伸ばすかのように、枝が大きく広がっている様子がとても印象的で、この桜を描いたそうです。
また、桜の隙間から見える空は、太陽の逆光で眩しく、それが風のように見えたことも表現したいと、この作品を描かれたそうです。
──確かに枝が力強く、大きく広がっているように見えました。空の眩しさや太陽の煌めきという部分を表現する上で、技法について何か工夫はされているのでしょうか。
日本画の画材は、さまざまな種類があるのですが、この作品では、岩絵具(※)という鉱石を砕いて使用する絵具が使われています。
太陽の煌めきについては、金属箔を貼ることで、作品自体に煌めきを持たせています。日本画は、ウェブや図録で見るとどうしても表面的になってしまうのですが、実物を見ると、かなり立体的に表現されていることが分かります。
金箔や銀箔を使用することで、煌めきはもちろんのこと、それ以外の表面的ではない日本画の魅力を魅せることができます。なので、できれば実物を見にいらしていただけると嬉しいですね。
(※)天然の岩絵具や人工的に作られる新岩絵具などがある。チューブから出して使う通常の絵具とは異なり、膠液(にかわえき)と混ぜて使用する。
●奨励賞
作家名:釣谷梓
作品名:はるのおと
釣谷梓《はるのおと》,画像提供:郷さくら美術館
奨励賞三つ目は、釣谷梓先生の《はるのおと》です。
こちらの作品は、京都府の五条鴨川の桜を描いています。まだ寒さの残る、春の柔らかい空気と光を表現しようと色使いもこだわったそうです。
──確かに他の作品と比べると、色使いが異なりますよね。
そうですね。あいまいな春の暖かい空気を表現しようと、釣谷先生は、さまざまな色を使用したそうです。この作品を見たときに「何色だ」と、はっきりとは言えないような、そんな作品になっていると思います。
●奨励賞
作家名:白川奈央子
作品名:さやぎ
白川奈央子《さやぎ》,画像提供:郷さくら美術館
奨励賞四つ目は、白川奈央子先生の《さやぎ》です。
こちらの作品は、春になったときのぼんやりとした空気を桜で表現したものになります。こちらの作品についても、黄色の部分に金属箔が使われています。
画像で見るよりも、実物はもう少しキラキラしていて、それが春の煌めいた空気を描いている作品になります。
──春の始まりを感じられる、そんな作品ですね。
そうですね。下から上に向かって桜の枝が広がっていて、そこに太陽の光が当たっています。その部分の枝からポンポンと桜が咲き始めており、春の始まりを感じられていいなと思いますね。
●奨励賞
作家名:澁澤星
作品名:虚空
澁澤星《虚空》,画像提供:郷さくら美術館
奨励賞最後の作品は、澁澤星先生の《虚空》です。
澁澤先生は、普段から理想と現実の共存やその境目といったことをテーマに作品を描かれている方です。
今回受賞された、澁澤先生以外の先生方は、現実味のある桜を描かれていると思うのですが、《虚空》で描かれている桜は、現実目線の桜と夢の中にある桜が作品の中で共存していてます。
そのあいまいさを描いているといえますね。
──あいまいさを描くというのは非常に難しいように思うのですが、その点についてはどう思いますか。
桜は、あいまいな存在感を描くのに、とても難しい題材だと感じています。
桜は咲いた後に、すぐ散ってしまうことから、儚さや人生にたとえる方も多いです。一年の見どころが少なくすぐ散ってしまう桜、それでも来年再び咲く力強さもありますよね。
その捉えどころのない感じを《虚空》では、描こうとしているのだと思います。
──大賞・優秀賞・奨励賞を受賞した各作品についての解説や見どころのご紹介、ありがとうございました。「桜花賞展」は今年で10回目ということですが、10回目ならではの、全体的な見どころについても教えてください。
日本画は比較的、古代や近代の方の技法を継承することが多いとされています。
しかし、今回出展してくださった作家の皆さんは、継承というよりも、普段の生活の中で、作家それぞれが今生きている感覚を絵に落とし込んでいるように思いました。
桜がテーマの展覧会ですが、毎日歩く通りにある桜といったように、普段から慣れ親しんでいるものを描いています。
作家一人ひとりが生きている中で感じ取ったことが、桜を通して表現されているので、そういった部分を楽しんでいただければと思います。
同時開催!満開の桜を描いた作品のみを展示する「桜百景展」
「桜百景展」の展示ギャラリー,画像提供:郷さくら美術館
──改めて「桜花賞展」の見どころ解説もありがとうございました。最後になりますが、同時開催の「桜百景展」についても、ご紹介いただければと思います。
「桜百景展」は今回で30回目を迎えます。
「桜花賞展」は展覧会のために、新作を描き下ろしていただくのですが、「桜百景展」は、当館が昔から所蔵している、満開の桜を描いた作品のみを展示する展覧会です。
今回の「桜百景展」では、所蔵作品の中から桜の屏風9点を一堂に鑑賞できる貴重な展覧会となっています。屏風に描かれた大迫力の桜を楽しんでいただければと思います。
──満開の桜のみということで、とても迫力がありそうですね。「桜百景展」のご紹介もありがとうございました。
郷さくら美術館では、2023年5月14日(日)まで、第10回「桜花賞展」を開催中。
作家それぞれの思いが桜を通して表現されていますので、ぜひ実物を鑑賞しに足を運んでみてはいかがでしょうか。
郷さくら美術館についての詳細は、以下をご覧ください。
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会期:2023年3月7日(火)~5月14日(日)
会場:郷さくら美術館
所在地:東京都目黒区上目黒1-7-13
アクセス:東急東横線・東京メトロ日比谷線 中目黒駅より徒歩5分
開館時間:10:00~17:00(最終入館 16:30)
休館日:月曜日(祝日・振替休日の場合は、翌日または直後の平日)
入館料:一般 500円、シニア(70歳以上) 400円、大学生・高校生 300円、中学生 100円、小学生 無料(保護者の同伴が必要)※料金はいずれも消費税込み、障害者手帳・療育手帳をご提示いただいた方は当該料金の半額、お支払いは現金のみ
電話番号:03-3496-1771
HP:https://satosakura.jp
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