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サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の歴史と建立にまつわる不思議な伝説

聖母マリアに捧げられた四大バジリカのひとつ

聖母マリアに捧げられたサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂は、ローマ四大バジリカのひとつで貴重なモザイクやベルニーニの墓などが見られます。

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂ってどんな教会?

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂は、バチカンの四大教会のうちの一つで最後に建てられた教会です。

数ある聖母マリア教会の中でも、最も由緒正しい教会であると言えます。

マッジョーレというのは英語のメジャー、最大の聖母マリア教会、最も重要な聖母マリア教会といった意味です。

大聖堂前には、フォロ・ロマーノに建てられていた4世紀のマクセンティウス帝のバジリカから持ってこられた巨大なコリント式の柱が建てられています。

白地に緑色のマーブル模様の入った、ギリシャ産のイメトゥス大理石が使われていて、頂点には聖母マリア像がローマの街を優しく見守っています。

教会設立にまつわる不思議な伝説

この教会の建立にまつわる伝説があります。

西暦356年のある日、教皇リベリウスはマリアが

「雪の降るところに私のための教会を建てなさい」

と告げる夢を見ます。

同時に貴族のジョバンニという男の夢にもマリアが現れたそうです。

次の日の朝、実際にエスクイリーノの丘の上に雪が降ったというのです。それは真夏の8月5日のこと。

教皇リベリウスはその奇跡の場所に聖母マリア教会を建てたと言われています。

ですが、実際には西暦431年のエフェソスの公会議により、マリアが神の母「テオトコス」として崇敬の対象となる事が宣言され、シクストゥス3世により初めて聖母マリア教会が建立されたようです。

このことから、この大聖堂は、「リベリウス大聖堂」や「雪のマリア教会」といった別名も持っています。

1000年に及ぶ積み重ね

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂は、5世紀以降増築が繰り返されたため、様々な時代の要素を見ることができます。

まず、正面は18世紀のフェルディナンド・フーガによって後期バロック様式で仕上げられています。

ローマで一番背の高い鐘楼は、14世紀のロマネスク様式。

鐘楼に被さっている三角帽子は16世紀のものです。

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の内部は初期キリスト教時代の様式。

古代の多目的ホール「バジリカ」の長方形の平面を取り入れて極めてシンプルに建てられました。

もともと5世紀のシンプルな3廊式が残されており、36本のイオニア式の柱で梁が支えられています。

その梁は、通常は左右どちらもまっすぐ伸びていくところですが、途中奥の方でアーチ状になっています。

これは16世紀から17世紀にかけて両脇に教皇シクストゥス5世と教皇パウルス5世の礼拝堂を増築したので、それらの礼拝堂をまるで翼廊であるかのように見せかけるために、柱を一本ずつ抜き取って改造したためです。

梁の上にあるのは、この聖堂内で最も古いモザイク。

右側に旧約聖書の「モーゼとヨシュアの物語」、左側に同じく旧約聖書の「アブラハムとイサクとヤコブの一連の物語」が残されています。

床の中央部は、12世紀半ばに流行ったローマの石工の一族による「コスマーティ様式」または「コズマテスコ・スタイル」の代表的なモザイクで飾られています。

天井は、コロンブスが新大陸から持ち帰った黄金を使って、教皇アレクサンデル6世が装飾させたと言われています。

教皇の雄牛の紋章が飾られています。

ただし、本当にコロンブスが持ち帰った黄金であるかは未だに謎なようです。

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