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ミレニアムブリッジ

わずか二日で閉鎖!?かつてはモンスタースープ

話題に事欠かないミレニアムブリッジ - ロンドンのおしゃれなシンボル

セントポール大聖堂とテートモダンをつなぐモダンでおしゃれな観光名所ミレニアムブリッジ。 1世紀ぶりにテムズ川にかかったこの橋はその斬新な姿や開通当初の横揺れ事件など、話題に事欠かない存在です。 セント・ポール大聖堂から対岸のテート・モダンまでを結ぶ長さ325mのこの歩行者専用橋は、2000年のミレニアム事業によって建造されました。著名な建築家ノーマン・フォスター卿と彫刻界の大家アントニー・カーロがデザインしたことで話題になりました。 この橋に込められたコンセプトは、「優雅な剣、光の翼」。 今日ではロンドン市民の散歩道としてすっかり定着しているミレニアムブリッジですが、 開通当初に起きた横揺れ事件は、世界中でニュースとなりました。

わずか二日で閉鎖!?ロンドンゆらゆら橋事件

約33億円の建造費をかけて鳴り物入りで登場したミレニアムブリッジも、今ではすっかりロンドンの観光名所として定着しました。 しかし、実はこのミレニアムブリッジ、開通初日の2日後に急遽閉鎖され、その後2年間にわたって通行禁止だったのをご存じですか。 2000年6月10日、ミレニアム・ブリッジが開通しました。 テムズ川に橋がかかるのはロンドンブリッジ以来、実に1世紀ぶりのこと。 当時オープンしたばかりのテート・モダンの人気もあって、8万人から10万人の人々が橋に殺到したといいます。 ちょうどその日は一日中強風が吹いていました。 そんななか歩行者数の制限も特に行われないまま、大勢の人々が橋を渡り始めます。 その結果何が起きたか。 ミレニアムブリッジが突然大きく揺れ始めたのです。 歩行中の人々はパニックに陥り、手すりにしがみついたり、 気分が悪くなって引き返したりしました。 振れ幅数センチにも及ぶ原因不明の横揺れはその後もおさまらず、6月12日、開通からたった2日でミレニアムブリッジは閉鎖されることになります。その後原因を調査し、さまざまな対策工事が完了した2002年2月22日、橋の通行が再開されることとなりました。 ミレニアムブリッジは前評判が良かっただけにこのハプニングはロンドンを騒がせました。 webbling bridge、日本語でゆらゆら橋。 皮肉好きなロンドン市民から、早くも不名誉なアダ名をもらってしまいます。 ちなみに設計者のフォスター卿は、ゆらゆら卿と呼ばれるようになってしまいました。 その後の対策工事によって横方向の揺れを吸収するダンパーで橋が補強されたため、現在はかつてのように揺れることはありません。 ところで、この横揺れ事件の原因は何だったのでしょうか。 設計に問題があったのでしょうか。あるいは、欠陥工事だったのでしょうか。 設計構造に関わった人々は実績ある著名な建築家と世界でも有数の設計コンサルタント会社です。 そんな彼らでも予測できなかった、橋の揺れ。 実はそこには人間の心理学的な要因が影響していたのです。 共振という現象をご存知でしょうか。 人が橋の上を歩くとき、少しだけ横方向の力が橋に作用します。 大勢の人が「たまたま」歩調を合わせると、それによって橋が少し横揺れします。 そうすると人々はその横揺れに合わせて歩き出します。 最終的には橋の横揺れと人々の歩調が同期し、共振して大きな横揺れになってしまうのです。 この共振作用が横揺れ事件の真相だとされています。 ですが、大勢の人が「たまたま」歩調を合わせて歩くことなどあるのでしょうか。 実は人は混雑した状況ではお互いにぶつからないように自動的に歩調を合わせる性質があるそうです。 著名な建築家でも予測できなかった10万人の歩調の同期。 それが横揺れ事件の原因だったのです。

かつてのテムズ川はモンスタースープ?

ミレニアムブリッジからは、ロンドンを横切るようにして流れるテムズ川の雄大な光景が目に入ってきます。 「父なる川」。 イギリス人は親しみを込めてテムズ川をそう呼びます。 全長350キロメートルに及ぶこの川は南部中央、コッツウォルズの付近を源流として蛇行しながら東に流れ、ロンドンから海へと流れています。 ロンドンの歴史はテムズ川とともにありました。 歴史上、テムズ川が最初に登場するのは紀元前54年。 ユリウス・カエサルが二度目の遠征をした際に川沿いの部族に遭遇した時の記録だと言われています。 その後西暦46年にはローマ人が今のロンドン橋のあたりに最初の橋を架けています。 やがてテムズ川に沿うようにして集落ができていき、農業、漁業、貿易が発展していくこととなります。 そんなテムズ川は今ではすっかりロンドンの代名詞のようになっています。 ですが、この美しい川がかつて「モンスタースープ」と呼ばれるほどに強烈な悪臭を放っていたことをご存知でしょうか。 かつてロンドンでは生活排水を路上にたれ流していました。 人口が少ないうちはそれほど問題にならなかったのでしょうが、19世紀大英帝国の首都ロンドンは人口400万人に達する世界一の大都市へと成長します。人口が増えると街にゴミや生活排水があふれ、極めて衛生状態が悪化しました。 そこで下水道システムを導入したのですが、それはゴミや生活排水を直接テムズ川に捨てるものでした。 テムズ川の水は黒く濁り、気温が上がると強烈な悪臭を発しました。 当時のテムズ川は、まさしく世界一汚い川だったのです。 さらに、そのテムズ川の水を当時のロンドン市民は飲んでいました。 テムズ川の汚水が井戸水に流れ込んでいたのです。 テムズ川の水は不気味な生物が沢山いるモンスタースープと呼ばれ、周辺地区ではコレラなどの伝染病などが蔓延しました。 ロンドン市民の我慢が限界に達したのは、例年に増して猛暑となった1858年の夏のことです。 最高気温が48度にも達したうえに雨がふらなかったことでテムズ川の汚水が腐りはじめ、すさまじい匂いを放ちました。 テムズ川のそばに立つ国会議事堂ではあまりの匂いに国会を閉鎖し、オックスフォードへと避難したほどです。 その匂いはロンドン中を覆いつくし、窓をあけることすらできなかったといいます。 このあまりにひどすぎる事件は新聞の一面をかざりました。 政府側もさすがにマズイと思っていたのでしょう。 すぐに新しい上下水道システムが整備されることになりました。 このときに出来上がったシステムは将来の都市拡張を見越したもので、実は現在でも使われています。 とはいえ、そんなテムズ川の過去も今は昔。 世界でも有数の綺麗な川へと生まれ変わりました。 2006年に体長約6メートルのクジラがビッグベンの辺りまで迷い込んだほどです。

もっと知りたい人はミレニアムブリッジのガイドを聴こう

ミレニアムブリッジの見どころはまだまだ続きます。 気になった方は現地でガイドを聴いてみましょう。

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