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ブロワ城

城の建築史の博物館

城の建築史の博物館!ブロワ城の建築様式と歴史 - フランス・ロワール

ブロワ城は、7人のフランス王と数人*の王妃が住み、4時代の建築様式が一同に見ることができます。ゴシックとルネッサンスとバロック様式の建物が混合しており、 1840年に国の文化遺産に指定されています。

7人の国王と数人の王妃の運命

7人の国王と数人の王妃の運命を語るブロワ王城を見学することで、悲劇、策謀、権力抗争といった、フランスの宮廷の秘密を知ることができます。
複数の建築様式によって構成されているこの王城は、13世紀から17世紀のフランスの建築の歴史を表しています。王族の私室や応接間には壮麗な装飾が施され、展示されている調度品及び絵画からはそれぞれの王族の日常が伺えることでしょう。

ブロワ城は、封建時代に建てられたもので戦争を想定したお城でした。
ブロワ城の城主である歴代のブロワ伯は、中世の時代、ブロワとシャルトルの地方を治め、同時にシャンパーニュ地方をも支配した強力な封建領主でした。歴代のアンジュー伯はじめ、近隣の敵の度重なる襲撃にもかかわらず、強力な王朝を築き上げていきました。

しかし、その強大な権力も永遠ではありません。1392年、最後のブロワ伯がオルレアン公爵ルイにこの地を売却したことから、それ以降オルレアン公の宮廷がブロワに置かれました。

新たな城主オルレアン公はその後すぐに亡くなったことから、息子のシャルル・ドルレアンがブロワ城を相続し、青春時代の一時期をブロワ城で過ごしました。

彼は後にイギリス軍との戦いで捕虜となり、25年間もの間、ロンドン塔に幽閉されています。1440年フランスに戻った時、シャルルは既に50歳、彼を救ったのは、詩の才能であったと言われています。50才のシャルルは、14歳のマリー・ド・クレーヴ姫と再婚し、彼のお気に入りだったブロワ城を改築して、住居としました。彼のまわりには、フランソワ・ヴィヨンのような詩人・芸術家の取り巻きが何人かおり、自らも見事なロンドーをつくっています。シャルルは71才ではじめて父親となります。 1462年、この二人の間に生まれた息子がのちの国王 ルイ十二世となります。

ルイ12世をはじめ、この時期、この城を居城としていた3代の王たちによって、度重なるイタリアへの遠征が行われています。その結果、ルネッサンスの発祥地イタリアから、大量の技術者、芸術家が流入し、ここロワールの地にフランス・ルネッサンスが花開くこととなります。あのレオナルド・ダ・ヴィンチもこの地に滞在しています。

「火をはくトカゲ、サラマンダーの紋章」を持つフランソワ一世はフランス・ルネッサンスの父と呼ばれルーヴルやフォンテーヌブロー、シャンボールなど代表的なルネッサンス様式の建築物を建てました。

その後、アンリ二世の後には王妃カトリーヌ・メディシスとの間に生まれた三人の息子が国王となり、フランソワ二世、シヤルル九世、アンリ三世と続く三王時代にフランスは宗教戦争の渦にまきこまれます。

その間には、幾つもの血なまぐさい事件の舞台ともなっています。
その後絶対王政の時代が始まると、フランス宮廷は少しづつロワールを去り、ロワール渓谷の歴史も静かに幕を閉じていくことになります。

まさに、ブロワ城は13世紀から17世紀までのフランス王家の中心地であり、当時の歴史を私達に語りかけてくれる城だと言えるでしょう。

フランソワ1世翼棟と螺旋階段

ブロワ城の中でも特に見逃せないのが、フランソワ1世翼棟です。この建物は、16世紀前半の建造で、初期ルネッサンス様式になります。華やかな彫刻で飾られた壮大な螺旋階段が外側に張り出しています。

建物の内部には、中世城塞の頑丈な城壁が、当時のまま組み込まれ、残っています。華やかな装飾は、イタリアの影響を受けていますが、建築様式の面では依然としてフランス的発想が残っています。フランソワ1世翼棟は、さきほど見たルイ12世翼棟の14年後に作られました。

ですが、ルイ12世翼棟のときとはだいぶ様式が変わっているのが分かります。窓の位置が対称的になっておらず、間隔がばらばらですね。これは外から見た時の対称的な美しさを捨てて、内部の部屋の位置に対応しているためです。

螺旋階段は正面装飾の一部と成っていて、建築的にも傑作とされています。
これは式典のために考えられた作りで、要人が訪れた際にはバルコニー部分に宮廷の人々がずらりと並んで出迎えたそうです。建物の内部には、初期の中世城塞の城壁が、そのまま組み込まれて残っています。

装飾は手がこんでいて多彩をきわめ、国王を象徴する「火をはき、火を食い火を抹殺するサラマンダーの紋章」が、ルネッサンス時代によく用いられたすべてのモチーフと共に使用されています。

ブロワ城のジャンヌダスクの神話

1429年、4月26日、ジャンヌ・ダルクは、ブロワ城の第一郭、日本流で言えば、本丸で、軍を勢揃いさせてから初陣へ出ました。このとき、その場にいたフランスの大司教が、ジャンヌの旗印に祝福を与えて以来、この旗印のすすむところ、次々と奇跡のような勝利が持たされたのです。

それまで、軍の行く所には、必ず後ろから売春婦の大部隊がつき従うのが慣例でしたが、ジャンヌは全軍にお触れを出し、この悪習を止めさせます。当時、戦いの主力は傭兵が担っていました。通常でしたら、聞き入れられないような命令でも、神様のお告げを受けた純真無垢な少女のお触れと言うことで、皆が襟を正す気持ちになったのでしょう。「今回は、いつもの出陣とは違う」と、全員の気持ちが、連敗を重ねていたフランス軍が、連勝に転じる一つの要因になったのかもしれません。これは、ジャンヌ・ダルク神話の語る一つのエピソードです。

19世紀を代表する手品師ロベール・ウーダンの記念室

ロベール・ウーダンは、時計製造業者であると共に学者、作家でしたが、とりわけ、振り子時計の発明者として名高く、1850年の「不思議な振り子時計」と共に展示されている「母時計」は、ガラス製の文字盤と円柱と横切って針が動くという三重の謎を秘めた、非情に美しい作品です。この時計は共に1850年のものです。

又、この種の振り子時計は、シュヴェルニー城館にもあります。彼は数々の奇跡を発明したことからマジシャンの祖と呼ばれ、その才能と知識は飛び抜けてすばらしく、常に巧みなマジックで人々を驚かせ熱狂させました

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