イタリアの著名人が眠るサンタ・クローチェ教会の見どころ
歴史的に著名な芸術家たちが眠る教会
フィレンツェ中心街にある4大教会の一つサンタ・クローチェ教会。
フランチェスコ派の修道士たちの教会として1385年に完成した世界最大のフランシスコ会の教会です。
ミケランジェロやガリレオ・ガリレイ、マキャベリなど、イタリアの著名人が多く葬られている事から「栄光のイタリア人たちをまつった霊廟」とも呼ばれています。
ルネッサンス3大芸術家の一人ミケランジェロは少年時代から中年期までをフィレンツェで過ごし、晩年からは教皇庁の専属芸術家として働き、ローマの地で亡くなりました。
フィレンツェにいつかは帰りたいと思っていたミケランジェロの想いを汲み、遺産を相続した甥のレオナルド・ブオナローティは工房に残された叔父の遺作と遺体をフィレンツェに持って帰りました。
メディチ家のコジモ一世はミケランジェロを崇拝していたジョルジョ・ヴァザーリに命じ、巨匠をまつるモニュメントをサンタ・クローチェ教会内部に作らせます。
ミケランジェロの胸像を囲む3人の女性は左側から絵画、彫刻、建築と彼が活躍した三つの芸術分野を表しています。
ミケランジェロが亡くなった1564年に「近代科学の父」と言われるガリレオ・ガリレイがピサで生まれました。
没年と生誕年が同じであることからこの二人の墓は向かい合わせに配置されています。
ガリレオ・ガリレイは1564年にピサに生まれピサ大学で医学、フィレンツェで数学を学びました。
ピサ大学やパドヴァ大学で教鞭をとった後、木星の周りを回る4つの衛星を望遠鏡で発見し「メディチ星」と名付けトスカーナ大公に献上しました。
ガリレオは当時最も進んだ文化を誇っていたトスカーナ大公国こそ自身の研究を進めるにふさわしい場所と考えたのです。
1610年にトスカーナ大公国と契約を交わし、大公国の専属科学者としてフィレンツェに移転します。
しかし、ガリレオの研究は当時の教会が持つ世界観と反する事実を突きつける事となり、2度の宗教裁判の結果有罪判決を受け、半幽閉生活の中1642年に亡くなりました。
ガリレオの功績を高く評価していたメディチ家は、一族の権限でサンタ・クローチェ教会の中にガリレオの墓を作らせました。
教皇庁から除名されてしまった人間が教会に墓を構えるというのは異例の処置と言えるでしょう。
望遠鏡を持ったガリレオの胸像とその下には木星と4つの衛星が見えます。
左の女性は天体観測図を持つ「天文学」、右には「物理学」を表すアレゴリー像になっています。
この他には「君主論」を書いたニコロ・マキャベリや、オペラ作曲家ジョアッキーノ・ロッシーニなどの堂々とした墓のモニュメントが並んでいます。
施設情報
施設名 | サンタ・クローチェ教会 |
---|---|
エリア | イタリア > フィレンツェ |
住所 | Piazza di Santa Croce, 16, 50122 Firenze |
営業時間 | 月〜土:9:30~17:30 日祝:13:00~17:30 |
シェアしよう
共有
https://jp.pokke.in/story/11132